黄金の棺
2011/6/12


 封印とはこういった感覚を伴うのか。不思議な気分だ。もう何も見えず何も聞こえず自分の肉体の在り処も分からず、だというのにこの思考はまだ確として残っている。
 さて、だがこうして意識を保っていられるのも何時までか分からない。だからまずは考えるべきことを考えよう。そして伝えねばならないことを伝えよう。

 国の神々よ。この魂の声は、まだその耳に聞こえるか。

 一つ、最も重要なのは未だ戦いに終止符が打たれていない事実だろう。この封印は何時か解ける。何年、何十年、或いは何百年、何千年、どれだけ先かは分からないが封印は必ず解ける。その時に蘇るのが俺だけであれば何の問題も無い。だが幸か不幸かこの魂はあの悪しく邪な神と一蓮托生だ。封印が解ければ邪神も蘇る。それは己の国の民すら、率いる神官団すら、掌握出来なかったこの王の責だ。
 次の機会こそ俺は責任を果たさなければならない。その方法を考えねばならない。
 今と同じ状態で戦っても同じ結果を生むだけだろう。だから神々よ。輝く日輪の神として命ずる。何時かの為にお前達の力を貸せ。
 封印を二重にしろ。俺と邪神が蘇ってすぐ戦いとはならないように。今の俺にはどうすれば邪神に打ち勝つ事が出来るのか分からない。このまま一人で考えていても答が出るとは思えない。だから、一つ目の封印が解け俺と邪神が蘇った後俺が答を探せるだけの猶予時間を。
 その時間は邪神にも新たな力を得る時間を与えるかもしれない。だがこの不甲斐無い王にはもうこの賭けを行う以外に何の手段も残されていないのだ。

 神々よ。聞こえているか。この意識が続く限り俺はお前達に語りかける。それを、聞いているか。

 気にかかっていることが有る。仮にでしかなくとも一先ず邪神は封じられた。では国はどうなるのだろうか。邪神によって荒れた大地はどうなるのだろうか。新たな王が立ち復興を指揮するのだろうか。
 新たな王が俺よりも優れた指導者であればと願う。封印される魂は地上の誰を助けてやることも出来ない。前の王の助けなど誰も必要とせずに済むような良き王が次に立つことを願う。
 そういう王になれるだろう奴に心当たりは有る。邪神に呑まれた心にこの声は届かなかったが、邪神の封じられた今なら元の心を取り戻しているだろうか。多くを失わせ、更に重責を負わせるのに気が進む訳ではない。だが俺はあいつが次の王で在れば良いと思う。
 混乱の中でも力強く立っていられる奴だ。その姿は民に安堵を与えるだろう。
 だが気を緩めるのが下手な奴だ。もしあいつが気を張り続け疲れてしまったら、その時は誰か助けてやってくれ。あいつが王であっても王でなくても。俺にはもう無理なことだからお前達に頼む。

 国の神々よ。そして今ばかりは異国の神も。あいつが拝した異国の白き神よ。聞いてくれ。俺の頼みを。
 聞こえているか。この魂の声はまだその耳に届いているか。

 最も重要なことと最も伝えておきたかったことはこれで済んだ。ならば次は、邪神と、邪神に呑み込まれてしまった者達について、俺は考えなければならないだろう。
 邪神は人が作り出した存在だ。王家が生じる切っ掛けを与えた存在だ。国の為だったというのは言い訳だろうか。だが事実切っ掛けは国の為だったのだ。国の為に行った事象が原因で国が荒れた。この帰結について俺はよくよく考えなくてはならない。
 邪神に呑まれた者達も初めから悪だった訳ではない。彼らはみな王位を狙いに来たが彼らの中に自身の権勢の為に王位を狙った者は居なかった。
 彼らを悪にしてしまったのが何であるかを俺は知らねばならない。この封印が解ける時には必ずそれを知ろうと思う。でなければ邪神に打ち勝ちこの魂が一時の封印でなく正しい終わりを迎え冥界の楽園に行くこと叶ったとしても、俺はそこで同じことを繰り返してしまうだろう。

 まだ聞こえているか? 俺はそろそろ思考が巧く纏まらなくなってきたぜ。
 もう長くは考えてもいられないようだから最後には思い出話をするとしよう。これは聞いてくれなくても良いが。

 あいつと初めて会ったのは即位よりも前だった。俺は王子で、あいつは父に使える神官だった。父からずっと優秀だと聞いていた。俺が王になりあいつが俺の神官になった時には事実優秀だと実感した。
 取り立ててやったし官位以外の面でも懇意にしていた。懇意にしていた。それが負担だった可能性は否定しない。実力以外で評価されるのを嫌う奴でもあった。
 分かっていてなお懇意にした。だから裏切られたのは苦しかったが仕方なかったと言うのも分かっている。ただ伝えたい言葉を伝え切れなかったことだけが悔やまれる。言うべき時に言うべき言葉を言ってこなかったことばかりが悔やまれる。
 並んで星見をした晩。行幸の最中に忍んで町へ降りた一時。王の間で報告を受けていた日々。機会は何度でも有った。言っておけば良かった。言っても何も変わらなかったかもしれない。だが今になって言っておけば良かったと悔やむくらいならば。
 伝えておけば良かった。その時々に、傍に居たのがお前で、俺は本当に

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 カタンと小さな音を鳴らして黄金の小箱が閉じられた。
「ファラオと邪神はその中ですの?」
「魂については」
「それをどこに納めましょうか」
「墓が良かろう。肉体と同じ場所に」
「ではそうしましょう。お身体の方も早くお運びしなくては」
「そうだな。かなり傷を負われている。早く処置をせねばすぐに腐敗が始まってしまう」
 女の連れて来た兵士が横たわる屍を布に包み抱き上げた。小箱の蓋を閉めた男がそれを目で追う。
「続きは次にお逢いした時に聞きましょう」
 女が振り返った。
「何か言いまして?」
「いや」
 いずれ魂の交差する時に。
 男の潜めた声は小箱の蓋に落ちて他の誰にも聞こえなかった。


the finis.

 近頃ちょっとバタバタしててー、という話をオタなリアル友人にしたら陣中見舞いが届きました。封印の時萌えるよね萌えるよね……! アテムが封印された時の状況とか考えると萌えるよね……! 心の友・森谷樹里さんは最近他ジャンル(某国擬人化北欧)でPixivデビューしたばかりのWeb初心者さんです。感謝の気持ちで宣伝宣伝。
 樹里さん、他ジャンルなのに有り難う! ところで、最初一箇所独白が訛ってたのには疲れも吹き飛ぶくらい笑わせてもらったべよ。方言キャラの方言ってうつるよね……お礼はその内なんかします。