秋、ウィスタリアの木陰にて
2010/9/29
季節は秋であった。
月の頃を少し過ぎ、日は描く弧を僅かに下げ始め。
からりと晴れ渡る上空、そこに浮かぶ雲は、先の頃のそれよりも高いところで羊毛のように薄くひかれている。
澄んだ空気を、青年は吸い込んだ。ふわりと通り抜ける風がその白く美しい肌を滑って、彼の栗色をした柔い髪を揺らす。
それに応えるかのように、彼は俯きがちな顔を徐に上げた。
彼が見上げた先には、淡紫の美しい花穂が見事に咲き零れている。
それは狂い咲きの藤であった。
狂い咲きというか、しかしその藤が咲いていないのを見たことが無いと人は言う。
枝垂れる豊かな花房は辺りに陰を作り、柔らかな陽光がその間を縫って漏れていた。
青年はその陰を求めて静かに歩を進める。
その手には、オレンジ色をした蕾の薔薇が一本携えられていた。
無造作に掴まれているようで、繊細に捧げ持たれる様にもされたその薔薇は、藤の花陰に差し掛かると鮮やかに花開いた。
青年はそれを見て微笑み、そっと口を寄せる。惜しみなく振り撒かれる薔薇の香が、彼の心を癒した。
吸い寄せられるように藤の幹に触れた青年は、今度は鳥の囀りを聴いた。
カナリヤだった。どこからともなく降りてきて、鳥は囀り、藤の幹にもたれ掛かる青年の肩に留まる。
青年は歌うように鳴き続けるカナリヤを煩そうにしながらも、その表情には確かに幸せを滲ませているのだった。
と、しかしその時彼は、やおら僅かに目元を細める。
薔薇の棘が、細くしなやかな青年の指を軽く刺したようであった。彼は苦笑すると、もたれていた姿勢から身を起こす。
カナリヤがぱっと青年の肩を離れて飛び立った。鳥は誘うように、一つ高らかに囀って羽ばたいた。
青年は跡を追ってまた歩き出した。
今は咲き誇ったオレンジの薔薇を、先程と同じようにその手に携えて。
遠ざかる彼等の姿は徐々に小さくなって、やがて消えた。
彼等はきっとまた集う。
そこに彼等を抱き祝福する、ウィスタリアの木陰へ憩いに。
ところで、その藤の下、同じく花の影のかかる所に小さな池があって、そのほとりには見事な青睡蓮が咲いている。
遥か数千年の時を越えたとされるその睡蓮が、未だ衰える事を知らぬと言わんばかりに美しく咲き誇っているのを眺めていると、
かつてその青く透き通る花弁を、細く伸びる茎を、その全てをこよなく愛したとされる数千年前の王がその脇に寄り添い、愛おしげに慈しみ撫でる姿が見えるようであった。
もうじき日も暮れる。
沈む夕陽に照らされて、いみじくも彼の王の瞳のような紅に染まる睡蓮は、その名の由来に違わずやがて眠りに就くのだろう。花の見る夢は、果たして見守る藤のみぞ知る。
時は長月の二十七、月の頃を少し過ぎた気持ちの良い季節である。
9.27
Happy birthday, Ms.Toko Sawanoi!!
the finis.
umi様から、2010/9/27の、私の誕生祝いに頂きました!
私の誕生日だからということで、世界観FLPという不思議空間を舞台に、これまでに私の書いてきた話が連想されるような話になっています。……私のサイトこんなに美しい世界だったんですね……! そして、それにしても藤です。私名前「藤子」にしてて良かった……! これからも休み知らず狂い咲きの藤でいたい所存。この世界観を書き続けていきたいなーと、改めて思いました。こんな美しく書かれたら、耽美主義者としてはその世界を維持する他は無い……!
umi様、掲載許可等々、本当に有り難う御座いました!