窓の外の風景
2006/8/15


 一通の手紙が届いていた。
 手紙は白い封筒に入っていて、封書の形式は横書きだった。差出人は書かれていなかったが、宛名の文字には見覚えがあった。あまり美しくない、癖の強い文字だ。封書には金色のシールが貼られていた。少し斜めに貼られたそれを見て、案外手先の器用な彼にしては珍しいと思った。
 ペーパーナイフで片側だけを開き、真っ直ぐに切り落とせたことに達成感を覚える。
 中には一枚の便箋が入っていたが、それは真っ白で何も書かれていない。炙り出しか何か、手の込んだ手紙を渡してきたのかと思い便箋を鼻に近付けてみたが、別段柑橘類の匂いもしなければ、薬品臭がするわけでもなかった。それはただの紙切れだった。
 再び封筒を手に取り、切り口を開けて中を覗いてみるが何も見当たらない。おかしい。そう思い便箋をもう一度見てみるが、やはり何も書いてはいない。それらから何か意味のあるものを探し出すのは諦め、便箋を封筒に戻して机の上に置いた。
「あら?」
 傍らでした声にそちらを向く。
「何か、落ちたようよ」
 言われて地面を見る。見付けられずにいると傍らから伸びた手が足下の一点を指した。
「そこに。何かしら」
 よく見れば絨毯の長い毛に埋もれて小さな金属の欠片ようなものが落ちている。拾い上げるとそれは捩れてしまっているものの何かの金具のようで、爪の先程もない円形の銀の輪だった。幾分くすんでしまっていて、随分古いか、そうでなければ手入れを怠られていたのだろうと予測される。
 それが手紙に同封されていたことに何か意味があるのだろうか。あるのだろう。手紙自体は白紙だったのだ。これに無ければ彼は何の意味もない紙切れを送ってきたことになる。
「あなたのこれとよく似てるわね」
 首の後を押されてペンダントの金具が皮膚に食い込む。言われてみれば少し変わった形状をしているかもしれない。オーダーメイドで作らせた金具と同じ形だ。
 そういえば、この金具は一度付け替えたのだ。


+++


「金具? あー、チェーンが切れたのか」
「どこへ飛んだのか分からない。捜すのを手伝え。犬は捜しものが得意だろう?」
「お前そこは、手伝って下さい、だろ? 犬じゃねぇっての」
「手伝え。見付けたら褒美をやらんでもない」
「え、マジで?」
「あぁ。何がいい? 骨でもジャーキーでも好きなものを言え」
「だから犬じゃねぇっての」


「あ、さっきのさぁ、お前から、愛してるv チュッv って……」
「却下」
「えー、何でだよー。いいじゃん」
「却下」
「……分かった。妥協する。チュッv だけならいいだろ?」
「何か物のつもりだったんだがな……妥協してやる」


「見付かんねぇなぁ。こんだけ捜したのに」
「仕方ないな。作り直させるとしよう」
「さっきの」
「見付からなかったのだから無しだ」
「えー、頑張ったオレにご褒美はー?」
「オレは過程など求めていない。結果が全てだ」
「うわ、成果主義者がいる。最近批判されてんだぜ、それ」


+++


 目を閉じると昨日のことのように思い出された。果たせない約束の代わり、捩れた銀の輪に唇を寄せる。
 彼はあの遣り取りを覚えているだろうか。
 覚えていなければこれを送って来ることも無かっただろう。
 今更、見付けたからといってこんなものを送られても困るだけだ。それでもその金具を封筒に入れ、机の、一番上の引き出しに仕舞った。日々の書簡に紛れてしまわないよう、大切に、仕舞った。
「お手紙は何が書いてましたの?」
 問われて、少し返答に窮した。あの白紙の便箋には何が書いていたのだろうか。
「……世迷い言だ」
 思案の末そう答えると妻は首を傾げた。


 彼を想う。
 遠い日々を想う。
 綴られなかった言葉を想う。
 違えざるを得なかった道を想う。

 少しずつ、銀のようにくすんでゆくこの想いを想う。


 窓枠の向こうを鳥が飛んでいる。あんな風に美しい羽を持っていたなら、それで銀を磨いただろう。


the finis.

 他の話のその後と言うわけではないです。私の城海の最終イメージは海馬邸かどこかのマンションで同居(同棲)してるイメージなのですが、偶にはこういうパターンも有りだろうということで。