女王サマの飼い犬
2006/8/25


「城之内、城之内……なんだ、そんなこともできないのか? だから貴様は城之内だというんだ」
 どこかで聞いたような科白だ。というか、割とよく聞く科白のような気もする。だが何が違うって、いつもならそこで呼ばれるのはオレの名前じゃなくて犬とか凡骨とかそういう不名誉な代名詞の筈だ。
 というか、海馬はオレの方は見てもいないし。庭の片隅で一匹の犬が吠える。
「あのよ、城之内ってその犬の名前か?」
「他に何の名前だというんだ。そんなことも判らないのか? だから貴様は凡骨だというんだ」
 そうそう、それがいつも通り。じゃなくて。
「他に何の名前って、そりゃオレの名前だろうが」
「貴様は凡骨で充分だ」
 これが、片思いの女の子が好きな人の名前をペットに付ける感覚で付けた名前ならちょっとは嬉しかったりもするさ。けど海馬の場合は絶対に違う。
「何でオレの名前なわけ?」
「番犬を買い足したんだが、手違いで一匹躾のなっていない犬が来てしまってな。普段ならすぐに送り返すところだが、あまりの駄犬振りについそのまま飼うことにしてしまった」
 馬鹿な子ほど可愛いっていうのと同じ心境だろうか。それは何となく分かる気がするが、そうじゃなくて。
「いや、だからそれがどうしてオレの名前になんだよ」
「駄犬だからだ。こら、城之内。それは駄目だと何度も……」
 海馬が犬の『城之内』を軽く打つ。花壇を荒らしていた犬は小さく吠えて大人しくなった。
「まぁ、ここまで駄犬だと躾甲斐もあるというものだ」
 既に幾らかは躾けられたらしい犬に同情した。海馬のことだからきっと訓練所よりスパルタな躾をしているに違いない。自分と海馬が付き合うに至った経緯を思い出してそう思った。


+++


 それから暫く経って、屋敷を訪れると海馬は庭に居るという。あの犬に相当入れ込んでいるらしい。アイツ、動物なんて好きそうには見えなかったが、意外に気に入ってるんだろうか。案外アニマルセラピーみたいな感じでいいのかもしれない。
 使用人さんが庭のどこに居るんだか分からないと言うので、適当に歩いて海馬を捜す。辺りには本来の番犬もうようよ居るが、顔を覚えられてるんだろう、吠えられたりはしない。
 遠くで犬の鳴き声が聞こえる。不審者を見付けたにしては気の抜けた鳴き声だ。多分海馬は向こうに居るだろう。


「なんだ、来ていたのか」
 屋敷の裏手の森だか人工林だかの中で海馬と犬が戯れている。戯れているってなんかいい響きだな。と思っていたらその犬が噛み付かんばかりに吠え掛かってきて、咄嗟に一歩後退った。
「こら、城之内。それは凡骨だ。この間も会っただろう」
「お前、犬は名前でオレは凡骨かよ」
「凡骨は凡骨だ。城之内、静かにしろ」
 抗議はあっさりと流され、海馬は犬を宥めようと押さえている。暫くすると犬は大人しくなったものの、どうにもオレを敵視しているようで落ち着かない。
「なぁ、コイツ噛んだりしないよな?」
「しない筈だ。最近では人に吠え掛かることも無くなったというのに」
 そうは言っても事実オレは吠え掛かられたわけで、躾は巧くいってないんだろうか。
「躾ってそういうののプロがいるんだろ? そっちに任した方がいいんじゃね?」
「今しがた貴様が来るまでは万事が巧くいっていたんだがな。そんな格好をしているから不審者と間違えたんだろう」
「そんな格好ってなぁ、普通の格好だろうが」
 確かに安物で首周りの伸びたシャツにジーンズだが、不審って程じゃない筈だ。しかし犬は吠える。
「何だというのだ、全く。先に部屋に行ってろ。城之内を犬舎に入れたらすぐに戻る」
「なんかオレが犬舎に入れられる気になるからその呼び方やめねぇ?」
「何故だ。城之内はコイツの名前だぞ」
「その前にオレの名前だっての。ま、いいわ。オレは先に部屋行ってるからな」
 背を向けると犬の鳴き声がやんだ。どうもオレは『城之内』に嫌われているらしい。


 すぐに戻ると言った海馬が実際に戻ってきたのは、少なくともすぐではなかった。
 海馬の白いシャツは土と草の汁で汚れている。ソファに居たオレの隣に海馬が座ると、髪にも千切れた草が付いていた。それを取ってやると海馬は不機嫌そうに眉を寄せた。
「どうしたんだよ、これ」
「知るか。城之内が急に飛び掛ってきたのだ」
 よく見れば服には動物の毛も付いている。
「……マーキングされてんじゃねぇの?」
 そう言いながら海馬側に擦り寄る。ソファの角に追い込んでべたりとくっ付くと、後ろからシャツを引っ張られた。
「何のつもりだ」
「んー、マーキング?」
「さすが躾のなっていない犬はすることが同じだな」
 海馬の手がぐしゃぐしゃと髪を綯い交ぜにする。一応セットしてんだけどな、それ。
「躾ならばっちり覚えてるだろ?」
「どこが」
 文句を言い掛けた海馬の口を口で塞ぐ。餌でも食べるようなキスのあと、仕上げに海馬の唇をぺろりと舐めた。
「オレ海馬のバター犬ー」
 バター無しでもエッチするけど。
「バターが欲しいか?」
「うーん。オレ、バターより海馬本体の方がいいなぁ……」
 頬を舐めると海馬は嫌そうな顔をしてそっぽを向いた。お陰で正面に現れた耳朶を軽く銜える。いつも髪の外にはみ出てる割に日に焼けていない不思議な耳だ。はむはむと甘噛みしている内は好きにさせてくれていたが、中に舌を入れたらすかさず手刀が飛んできた。
「バター犬なら舐める場所が違うんじゃないか?」
「……そっち舐めても怒るくせに」
「お前の舐め方は執拗なんだっ」
 思い当たるところあり。更なる怒りを買う前に両手を上げて降参のポーズをとる。
「シャワーを浴びてくる」
「え、そのままでいいって」
 立ち上がった海馬を引き止めようと手を伸ばすが、ひらりとかわされた。
「城之内の所為で毛だらけだ。それに、他の犬の匂いを落とさないと、犬は不機嫌になるらしいからな」
 不機嫌な状態で抱かれるなど敵わんと言って、海馬は備え付けのシャワールームに消えてしまった。何となく手持ち無沙汰で、窓から下を見てみる。ここからは見えないが、犬舎ってどこにあるんだろうか。そういえば一回も見たことが無い。
 それにしても、こんな日中からオレも海馬も元気なことだ。そういう方向に持っていったのはオレだけど。でも中断する機会あったのに海馬も中断しなかったし。シャワー浴びに行ったし。あ、一緒に入ればよかった。酷くは無いけど来るまでに汗掻いたし、何よりお楽しみが増えたのに。
 シャワールームに続く扉を見る。けど、途中乱入は海馬が滅茶苦茶怒るから見るだけだ。
 いつも長風呂気味な海馬を待つ間は退屈だ。退屈ながら、一応準備なんかをしたりする。クリームはベッドサイドの引き出し、ティッシュはボードの上、ゴムは財布の中だけど海馬が風呂に入ってるから今日は要らないだろ。
 そこまで考えて、名案がふと頭を過ぎる。海馬はまだ暫く出て来ないだろう。今ならこっそり部屋を出たってばれるまい。


「スンマセーン……」
 厨房を覗いて声を掛ける。時間が時間だからか、料理長が一人居るだけだった。
「どうかしましたか?」
 どことなく恵比寿っぽい顔の料理長は、こんな時間に顔を見せたオレに驚いているようだった。確かに小腹が空くって時間でもないし、そうだとしても普段ならその辺歩いてるメイドさんに言って何か用意してもらうだけだ。ただ、ちょっとこれは持って来てもらうのも何かアレだし。
「えーと、バターちょっと貰えません? 無かったらマーガリンでもいいんすけど」
「バターですね。少々お待ち下さい」
 料理長が奥へ行き、冷蔵庫を開けて中からバターを一箱出す。大層な化粧箱に入った新品のバターだ。一箱も要らないからと言うと、使い差しの箱を渡された。
「何に使うんです?」
 バター犬ごっこ。と言うのは心の中だけに留めて置いて。
「あー、科学の実験? みたいな……」
「あぁ、瀬人様の気紛れですか」
 そうそう、と頷いてみせる。あとで海馬がこの遣り取りを知ったら怒るだろうけど、そういうことにさせてもらう。本当のこと言うよりはマシだろう。
 箱を持って部屋に戻る。思ったとおり海馬はまだ出て来ていない。扉の向こうで物音が聞こえるから、もう出て来るところなのかもしれないが。
 茶色が基調の高そうなバターの箱をベッドサイドの引き出しにこっそり仕舞って、海馬が出てくるのを待つ。物音がやんだ。


 シャワールームから出てきた海馬はバスローブ一枚羽織っただけの格好だ。まだ濡れている髪から水滴がぽつぽつと滴り落ちていく様は、壮絶に色っぽい。まだ日中だから濡れた髪がキラキラ光を反射して、夜とは違った趣なんだ。
「じゃ、オレもシャワー浴びてくる」
 カラスの行水決定だとシャワールームに向かったが、横を通り過ぎようとした時点で海馬に捕まった。
「そのままでいい」
「汗掻いてる」
「マーキングならその方が都合がいいんじゃないのか?」
 まあ、どうせ汗なら今からでも掻くわけだし。海馬がいいならいいんだけどさ。
 ベッドの真際まで行って、多分さっき犬の『城之内』がしたのと同じように、海馬を押し倒す。飛び付きついでに抱き着いた格好で、海馬が下から腕を突っ張って頭を押し返してきた。
「急に飛び付くな。何事かと思ったわ」
「今日はバター犬プレイなっ」
 宣言すると海馬は頭の可哀想な子を見るような目でオレを見た。頭を押していた手の力が抜けたのが判る。いわば脱力状態。
「いいだろー、マンネリ防止に一箱のバター!」
 マンネリ防止、の辺りで海馬が反応した。指先がぴくりと動いたのは見逃していない。すかさずオレは引き出しから隠しておいたバターの箱を取り出した。
「……厨房から取ってきたのか?」
「おう。あ、黙って取ってきたんじゃないぜ。ちゃんと料理長に言って」
 貰ってきた、と続けようとしたが、海馬がごん、と頭に拳を打ち下ろしてきた所為で途中で詰まった。
「こういうものはむしろ黙って取ってこいっ!」
「いや、何もバター犬プレイするからくれって言ったわけじゃ……」
 当たり前だと二発目が入る。今のはちょっと本気で痛かった。
「科学の実験って名目で貰ったんだよ。てか、いいだろー、しよーぜー」
「バターで何の実験をするというんだ。……まぁいい。偶には貴様の知れた品性に付き合ってやる」
 そういうと海馬はオレの手からバターの箱を引っ手繰った。化粧箱からアルミパーチに包まれたバターを取り出す。包装を向く海馬の指と出てきたバターはどっちが白いかいい勝負だ。でも白さの質が違うかもしれない。海馬の方が透き通ったみたいな色をしている。
 その白い指がバターの一部を抉り取り、バスローブの前を肌蹴てそこに滑らせた。暫く室内に置いていたからか程よく柔らかくなっていたバターの欠片は、スーッと海馬の胸の上を滑って、僅かに小さくなりながら腹の上を通り、バスローブの合わせ目の下へ消えて行った。
「犬、どうした? 舐めないのか?」
 思わず口を開けてバターの消えた先を見ていたら海馬から催促の声が掛かった。挑発気味に笑う海馬の胸に口を付ける。わざとバターを広げるようにして舐めると、海馬の指がバターを追加した。ちょうど薄ピンクの乳首の上でそれが溶かされる。てのひらで撫でるように溶かしたから、海馬の手までべたべただ。一応てのひらも舐めてから、海馬の乳首に吸い付いた。
「ん、く……」
 女の子ほどは目立たないけど、少し尖り気味のそれは下手すると女の子より感度がいい。多分。確か。もうずっと海馬としかしてないから比較が曖昧だ。
 それにしても、塩辛いな、バターって。無塩のヤツ貰えばよかった。
「なぁ、バター犬って毎日こんなことしてたらすぐ死んじゃいそうだよなー」
「は?」
「高血圧とか、すぐなりそう……」
 海馬は呆れたような目でオレを見てから、それではこのプレイはこれっきりだな、と呟いた。言外に集中しろって言われたようなもんだ。
 というわけで集中して、胸から腹へ、バターを舐めとりながら舌を這わせる。邪魔なバスローブの帯を解いて、合わせ目を全部開けてしまった。既に反応している海馬のそれも舐めてやろうかと思ったが、バターが塗られていないのでやめておく。
「海馬、バター追加ー」
 どっちに塗るかな、と静観していたら、バターを持った海馬の指は後ろに伸びた。大抵いつもクリームを塗るのはオレの役目だから、海馬が自分で緩める光景はかなりレアだ。バターは奥まで塗り込められているらしく、海馬の細い指が体内に埋まっていっている。
 お預けをくらった犬よろしく待っていたら、海馬はそこから指を引き抜き、片足をオレの肩に上げて、にこり、或いは、にやり、と笑った。
「待て」
「え?」
 なんで待て、と思ったが、体勢を整えたかったらしく、海馬は大きな枕を引っ張って、背もたれ代わりに位置を調節している。まさしくお預け状態の犬となって待ての解除を待つ。
「待て、待て、……よし、いいぞ」
 丸きり犬に対する口調なのに海馬が最近犬に入れ込んでいたというのは事実かと苦笑しつつ、待てを解除されて餌に向かう。クリームを使ってしまう所為もあるけど、オレが舐めるのもそういや珍しい。
「う……ん」
 舐めたり舌先を入れてみたりするものの、指ほど的確に刺激できるわけも無く。じれったそうに海馬の腰が動く。というかオレもじれったい。
「なぁ、もういい?」
 プレイは充分楽しみました。舐めるだけじゃ物足りない。
 好きにしろ、と海馬のお許しも出たトコで、オレは犬から人間に戻った。


+++


「へぇ、これが犬舎?」
 エッチのあとシャワーを浴び、夕食まで時間もあったしで、さっき気になった犬舎に来てみた。庭の片隅にあったそれは言ってみれば巨大犬小屋だが、中には犬の『城之内』が入っていた。犬の顔なんて種類が一緒だとどれも区別が付かないが、これは絶対に『城之内』だ。何故って、オレを見て吠える。
「何故城之内は凡骨を見る度吠えるのだ」
「さぁ。オレ、嫉妬されてたりして」
 犬は飼い主が他の犬を構うと不機嫌になるって言うし。
 試しに目の前で海馬を抱き締めてみる。『城之内』はさらにけたたましく吠え出した。


the finis.

 書いた人間の品性が知れます。こんな話でスミマセン。しかもエロ途中でぶった切ってスミマセン。あれ以上書くと冗長な気がしたので切りました。
 リクは「CPは城海で。付き合ってる真っ最中,でも口調と態度は女王サマな海馬」でした。
 マンネリ防止に励むほどには付き合ってる真っ最中ですし、口調と態度も女王サマ気質に書いたつもりですが、何故かそこはかとなく漂う違うだろ感。こ、これでよろしいでしょうか?

 お持ち帰りは500ヒットの流奈様のみ可能です。そちらで大層浮くような気がしますが、よろしければ貰ってやって下さいませ。