新聞配達員の新年
2007/1/1


「あ、明けましておめでとうだな」
 遠くで鐘の音が響く。今頃各地の有名な神社は人で溢れかえっているんだろう。
 住宅街の中にひっそりと存在する小さな神社には、見渡せどオレたち以外の参拝客は居ない。この神社には鐘も無ければ縁日の一つも無い。初詣に向かない神社であることは明白だ。
「海馬、それ何見てんの?」
 暗がりでしゃがみ込む海馬の向こうには小さな石像が置かれている。近付くとくすんだ赤の涎掛けを着けられた石地蔵だと分かった。
「無駄撃ちも供養しないと駄目なんかなー」
「さぁな」
「なぁ、鐘は無いけど鈴鳴らそうぜ」
 お堂も無い、とって付けたような社にはちっぽけな賽銭箱と縄と鈴だけが備えられている。
「オレたちだけで百八回鳴らすか」
「無理を言うな。時間が無いから一番近場にしたんだろうが」
「……そーでした」
 新年一番の新聞配達は辛い。どの店も容赦なく広告を配らせるものだから、一家一家の新聞が、普段の倍近い厚みになるのだ。きついのは運ぶ時もだが、それだけの広告を新聞に挟み込む作業のためにはいつもより早く配達所に行かなければならない、これが一番辛い。というよりも嫌だ。
「何時に行くんだ」
「んー、もうちょっとしたら。元旦くらい朝刊配るのも勘弁してくれりゃいいのにな」
「二日は休刊なんだろう?」
 海馬がコートのポケットに入れていた財布を取り出し、似合わない小銭を一枚抓み上げた。穴の開いた小銭は暗くて良く見えないが五円玉だろう。同じ硬貨を手探りでポケットから探し出す。
「配達終わったらそっち行くからさ、二日は、うん、休みだし」
 二人揃って五円玉を賽銭箱に投げ込む。殆ど何も入ってなかったのか、硬貨は木箱の底に当たってカランと乾いた音を立てた。
「今年もご縁が続きますように」
「神頼みはあまり好きじゃないんだがな。偶には、まぁ、いいだろう」
 縄を持って鈴を鳴らす。あまり厳粛ではない軽い音が静かな中に響き渡った。
「そんじゃ、配達行ってくるわ」
「何だ、もうか」
「おーよ。四時過ぎに戻るけど寝てていいぜ。その代わり部屋入れるようにしといて」
「あぁ。朝が来たらお前の楽しみにしていた御節だ。それ目掛けて頑張って来い」
 勢い良く返事をすると海馬が呆れたようにふと笑った。神社を出、海馬は待たせていた車に乗り込み、オレは配達所に向かう。送るかとも言われたが、この神社がひっそりと存在する住宅街にある配達所はここから数分も掛からない。そこで別れて、オレは面倒なチラシの仕分けを思いながら歩き出した。


the finis.

 明けましておめでとう御座います! 今年もご贔屓に宜しくお願いします。
 (初出2007/1/1・再掲2007/1/20)