チョコレートに最適な日
2007/2/14


 二月十四日、絶賛片想い中の人間がすることといったら何か。女の子なら勇気を振り絞ってチョコを渡しに、男なら実は両想いで相手がチョコをくれるんじゃないかと待つ、そんなトコだろう。
 選択肢は二択、性別により実質一択。けどオレはどうしていいか途方にくれてる。
 ひょっとしたら脈があるかも知れない相手だ。それが女の子だったら今日一日ドキドキしながら待ったさ。問題は、その相手が男なこと、それからしかも海馬なことにある。
 今日なんて学校に来てすらないもんな。海馬相手なんて絶望的と思ったら、最近何だか大人しく、だとしても男相手なんて絶望的と思ったら、どうやら男も平気らしく、というかむしろ女よりいいとか何だとか。ひょっとしていけんじゃねぇの、と、なぁなぁの内にそんな雰囲気になりつつあったこのタイミングで折角のバレンタインを休むか、普通。
 別に海馬からチョコレートが欲しかったわけじゃなくて、いや欲しかったといえば欲しかったけど、たとえ貰えなくても今日ならそういう話題に持ってっても不自然じゃないし。そもそも海馬は学校に来てたってチョコくれるような奴じゃないと思うものの、それでもイベントに背中押してもらおうかなー、なんて考えてたんだけど。
「人生って上手くいかねぇな……」
「なぁに、チョコ一つも貰えなかったの?」
 傍に立っていた杏子が机の上に小さな包みを置く。顔を上げれば遊戯や本田たちも同じ包みを持っていた。
「すっげ、あからさまに義理な」
「義理だもの。いらないなら返して」
「や、いるいる。貴重な栄養源。サンキュ」
 貰った包みを鞄の中に放り込む。すぐに閉めた筈が、目敏い杏子は鞄の中を見て声を上げた。
「チョコ貰ってるんじゃない」
「あー、あれはさぁ……違うんだよ」
「違う?」
 どう誤魔化そうか迷った。
「……やっぱ、こういうのって本命からじゃないと意味無いよな」
 じゃあさっさと返しなさいと杏子が手を差し出す。
「義理は別なんだよ。栄養源として美味しく頂くんだから」
「本命の方が嬉しくないの?」
「え、ほら、本命はなんていうか重たいし。何か混ぜられてそうで怖いし」
 女の子っておまじないとか好きだよな。前に静香が言ってたのを聞いて以来、手作りチョコが少し怖い。まあ、鞄の中のチョコレートが誰かに貰った本命チョコというわけではないが。
「あー、月の光の当たるところに放置とか、いつも使ってるコロンを数滴、とかね」
「そうそう、それ。混ぜるのは食えるモンだけにして欲しいよな」
 微妙にずれた話題に、心の中でほっと息を吐く。誰に貰ったのとか本命って誰なのとか聞かれたら、答えようが無い。
 鞄を持って立ち上がると遊戯がぱたぱたと走って座席まで鞄を取りに行った。とっとと帰ろうぜー、と本田が包みを持ったまま身体を伸び上がらせる。いかにも義理とはいえバレンタインのチョコレートを貰っている勝者を、数人が羨ましげに見た。御伽や獏良なんて義理も本命も山のように貰っているが、そこまでいくと羨ましいを通り越して異次元の話を見ているような気分なのか、誰も注目はしていない。もしかしたら、悔しくて目を逸らしているだけかもしれないけど。


「あ、オレ今日寄ってくトコあるから」
 校門を出ていつもと逆の方向へ曲がる。遊戯たちとは別れて、慣れない通りを歩いた。
 通りは広くて綺麗に舗装されていて、同じ町内の筈なのに自分の家がある方面とは大違いだ。せせこましい住宅街とは比べ物にならない。
 そんな高級住宅街を登っていくと、丘の上に辿り着く。振り返れば町中見下ろせる位置に重たそうな門が立っていた。ここに来るのは二度目で、以前来てからもう二年近く過ぎている。あの時は確か車で中まで連れて行かれたんだ。
 歩いてここまで来たものの、どうやって中に入ったらいいんだとチャイムがないか門の周りをうろうろしてしまう。装飾の中に溶け込んでいたボタンを漸く見付けて押すと、はい、と女の人の声が返事をした。
「あ、ええと」
 二人兄弟だけの筈の海馬の家で女の人が出たから驚いたが、こんなに広いお屋敷なんだから使用人でもいるんだろう。前に見たのは男の使用人ばかりだったけど、全部が全部男って方が不思議な話だし。
「どちら様でしょうか。ご用件をどうぞ」
「えーと、海馬に用があるんですけど。あ、瀬人の方の。兄貴の方」
 クラスメートです、と付け加えると、少々お待ち下さいと言われ会話が切れた。海馬に確認を取りに行ったんだろうか。
 暫く待っていると再び声が聞こえた。海馬の許しが出たらしい。
「今門を開けますので、真っ直ぐ玄関までお進み下さい」
 自動で開いた門を感心しながら通り抜け、大きな玄関扉の前に立つ。勝手に開けていいんだろうか。躊躇いながら手を掛けたドアレバーがまだ何もしていないのに下りて、慌てて手を離すと扉はすぐに内側に開いた。
「用とは何だ」
「や、その」
 まさか海馬本人が玄関まで来るとは予想外だった。ってか仕事じゃないんだったら学校来いよと思ったが、ここに来るまでに結構時間掛かったし、ひょっとしてもう定時回ってるんだろうか。今日バイト休みにしといて良かったな。バレンタインってパートのおばちゃんがチョコくれたりするから、本当は行きたかったんだけど。
 て、そんなことはどうでもよくて、オレは鞄から杏子に見付かって焦ったチョコレートの箱を取り出した。これは人に貰ったんじゃない。世間がバレンタインモードになる前に、こっそり自分で買っておいたんだ。さすがにラッピングしてくれとは言えなかったが、一応、自分で包んでリボンは掛けてある。
 結構上手く包めたんじゃないかと自画自賛する出来の箱を海馬に差し出した。
「どうせお前はくれないだろうと思ったからさぁ……」
 受け取った海馬がやけに真剣に箱を眺めている。
「それ、チョコレートな」
「あぁ」
 海馬が口許に手をやって後ろを振り返り、それからもう一度こっちを向いた。
「……まぁ、何だ。上がっていくか? ホットチョコレートくらいなら、出してやらんでもない」
「あ、上がる上がる、上がってく!」
 扉の中に入るとこっちだといって海馬が歩き出した。その後に付いて床に敷かれた赤い絨毯を踏みしめる。
 これって、結構いいバレンタインになりそうだよな。


the finis.

 攻めがチョコあげたって、いいと思いませんか。