性格の悪いデュエリスト
2007/9/27


 無くした髪留めを探していたら一揃いのデッキが見付かった。
「引き出しの奥から出てきたんだけど、兄サマいる?」
 古いカードばかりのそれを持って兄の部屋に入ると、兄は兄で、ちょうど円卓にカードを広げている最中だった。並べられた数枚には、常にデッキへ投入されているブルーアイズの他に、最近の気に入りらしいカードが連なっている。
「引き出しの奥か。何年頃のバージョンだ?」
「相当古いよ。兄サマが現役の頃のだから、七、八年は前」
「それだけ古いと実用性よりレアリティに期待できるな」
 きらきらと玩具売り場の子供のように目を輝かせてデッキの一枚目を捲ろうとした兄が、寸前で指を引き曲げた。
「どうかした? いるならあげるよ」
「あぁ。だが、その前に、一度オレと対戦してみないか」
 そう言って兄は渡したデッキを円卓の隅に置き、広げていたカードを掻き集めた。恐らく後日のイベントで行うエキシビジョン用に組んだデッキだろう。兄は大会に出ることをやめてからも、広告塔として各所に顔を出している。
「そのデッキの調整がてらに? やめとくよ」
 断ると、兄は露骨につまらなそうな顔をして、何故だ、と食い下がるつもりらしい声音で尋ねてきた。
「ゲームはあんまりしないようにしようと思って」
「何をいきなり。昨夜二人でチェスをしたばかりだろう」
 兄の圧勝に終わったゲームだった。新しい手を試してみたはいいが、兄にとっては既知の手だったらしく、あっという間に手詰まりにされたのだ。いや、別にそれが原因でもうしないと拗ねたわけではないが。
「何ていうか、チェスみたいに勝敗に拘るのはマナー違反って明言されてるやつはいいんだ」
 それなら負けたところでさして悔しくもなく、無理をしてまで勝とうとは思わずにいられる。会話の片手間に遊ぶような、そんな心持ちで楽しめる。
「そうでないものの何が悪い。むしろチェスが特殊だ」
 緩慢にデッキを切りながら兄が唇を尖らせた。
「……デュエルも、ルールは解っているだろう? 一度してみないか」
「やだよ」
「どうして」
 勝敗に拘るのはマナー違反だとでも、結果よりも経過を楽しむものだとでも、何かしらの言いわけのようなものが欲しいのだ。
「そういう制約が無いと、オレ勝ちに行っちゃうもん」
「勝負ごとなのだから、勝ちを狙うのは当たり前だろう」
 兄の首の傾げようといったらない。何だかんだ言って夢見がちに生きてる人の態度だなと、思った。
「勝ちを狙うのは当たり前と言っても、それはあくまで正々堂々の範囲であってさ」
「何だ、卑怯な手でも使うのか? 小細工だの何だのと」
 冗談交じりの口調は、否定を前提にしているからだろう。
「兄サマ相手にそんなことしないけど」
 曖昧な否定に兄は傾げたままになっていた首を起こし、目尻を些か吊らせた。
「オレ以外の相手にはするのか」
「いや、うん、まあ、やり口の、意地が悪いとはよく言われるよ」
 兄の目付きはいよいよ鋭くなり、非難がましい視線がそこから送って寄越された。オレにしてみれば何を今更という気分だ。
「オレの立てる事業戦略見てたら解るでしょう」
 本当に、今更こんなことで黙られても困る。
 黙られる気がしていたから、性格の出そうなゲームはあまりしないようにしようと決めたには違いないが。
「一度だけ」
 往生際悪く、兄はさっきまでデッキを押さえていた人差し指を胸の前で立てて見せた。
「もしお前が勝ったら、何でも一つ、願いを叶えてやる。どうだ?」
 これはもう引かないだろうなと諦めた。デッキの調整なんてシミュレーター相手で充分だろうに、人と対戦して調整したいならメイドだってフットマンだってうちに居る殆どの使用人が相手をできるだろうに、断る理由を言ってなお引かないのは断った理由そのものが好奇心の対象にでもなってしまったのだろうか。
「……分かった。一度だけだよ。勝っても負けても、もう一回、は無し」
 一度渡したデッキを再び手に取る。古く、大したカードも入っていないデッキをどう使ったものか考えながら切り混ぜた。


「ルールは?」
「各国共通ルール、ライフは八千。これでいいか?」
 次のイベントと同じルールだ。構わないと答えてデッキの上から五枚のカードを引いた。ソリッドビジョンは使用していない。あれは室内で使うには場所を取るし、かといって庭へ出るのも面倒だ。
「先攻は……」
「お先にどうぞ」
 様子見を兼ねて先を譲る。兄の指先が六枚目のカードを捲った。
 場に出されたカードには、筋骨隆々たる半獣半人の絵柄が描かれている。兄の所有する中ではそう攻撃力が高いわけでも特殊な効果を持つわけでもないが、気に入りなのか随分昔からデッキに入れられているものだ。
 気に入り、なのだろう。それ以外でも、大体そういった傾向のカードが多い。外見からして逞しい戦士や獣などは、無いものねだり的に憧れでもしているのだろうか。
「あとはカードを一枚伏せて、ターンエンド」
 斧を握る獣人には似ても似つかない指先が伏せたカードから離れる。縦長の爪先が几帳面に、少し斜めになったカードの位置を整えた。
 今度はオレがカードを捲り、手札に加える。六枚になった中から一枚を守備表示にして伏せた。
「それだけか?」
「んー、どうしようかな。もう一枚出してもいいんだけど」
 実を言うと出せるカードなど無い。兄がどちらかと言えば精神戦に弱いのは長年近くにいれば解るというもので、端からカードではなく心理戦の隙を突く方向性で行こうかと、そういうことだ。
「やっぱり今は使わないでおくよ。次、どうぞ」
 勘繰るように、こちらを窺いながら兄は山札に手を伸ばした。白い指が中央の黒点に触れ、手の内に札を滑らせ誘い込む。
「ねぇ、兄サマってカード捲る時の指の動かし方が、何だかちょっと卑猥だよね」
 引いたカードを手札に加えようとしていた兄の動きが止まる。
「……カードを捲る動きなんて、誰がやっても一緒だろう」
「そう? じゃあオレの指捌きも卑猥?」
 伏せていたカードを表に返し、効果の発動を宣言する。
「この効果で、カードを一枚ドローするよ」
 昨夜の愛撫はどうだったかな、と思い起こしながら札に触れた。捲ったカードを手札に加え、表面へ無駄に指を這わせる。
「な、っ、わざとやっているだろう!」
 何を、と空惚けてみせると兄は身を乗り出した体勢のまま言葉に詰まり口を噤んだ。反応が単純で可愛いなと、兄が聞けば馬鹿にしているのかと怒りそうなことを心の中で呟く。
「あー、兄サマ、手札見えてるよ」
 指摘への反応も予想と違わない。慌てて札を服に押し当て、早く次のフェイズへ移れと焦った様子で声にした。
「はいはい、次のフェイズね」
 再びデッキに手を伸ばし、引いたカードを手札に加える。
「さっきの、兄サマのターン内だったんだけどね」
 言うか言わないかの内に自分でも気付いたらしい。兄は苦虫を噛み潰したかのように顔を顰めてフィールドに目をやった。
 先程表向きにしたモンスターは早々に生贄にしてしまう。そうして召喚した上級のモンスターに装備を追加し、兄の獣人に攻撃を掛けた。伏せられたカードは何か罠だろうと思っていたのだが、この状況では発動できない類のものだったらしく、攻撃を受けた兄はぶつぶつと文句を言いながら獣人を墓地送りにした。
「やり口の意地が悪いとはこういうことか」
「まあね。次、兄サマの番だよ」
 兄は引いたカードをそのまま場に出した。
「手札抹殺?」
 知られた手の内など捨ててしまおうという意図だろう。兄が捨てた中にはお得意のウイルスもあったようだが、それこそ出したことが判れば役に立たない。
 新しく引いた中にどれ程のカードがあったのかは不明だが、潔いのは早まるもとでもあるようだ。
「あのさ、さっき手札見えてるって言ったの、あれ嘘なんだ」
 思いの外よく騙されてくれる兄にそう告げると、それはそれは悔しそうに、意地が悪い、と兄が再度呟いた。


 似たような遣り取りを繰り返しながら数ターンを終え、さすがに兄にも耐性が付いてきた頃、兄の場に二体目の獣人が召喚された。
「兄サマって女の人全然駄目だっけ?」
「……何故聞かれたのか解らないが、答を聞いてどうするのだ」
 見るからに動揺した兄が指先を震わせながら低く問い返してきた。
「どうもしないけど。兄サマのデッキってものの見事に女性型モンスターいないよね」
 昔からそうだ。むしろ、言っちゃ悪いがむさ苦しいカードばかりが投入されている。
「ブルーアイズ以外こんなのばっかりだし。兄サマの好みでも反映してるのかと」
「だとしたら、どうするのだ」
「えー、社内施設のジムでも通おうかな。まあ、ここまでは無理だけどさ」
 カードをじっと見つめたまま数秒、兄が黙り込んだ。
「自分から話を逸らしておいて何だけど、ゲームを続けてよ」
「あ、あぁ。では、これでお前のモンスターに攻撃を」
 集中力って一旦切れると本当に駄目なんだなと、今更ながら確信する。あの兄が、伏せたカードに注意を払うことすら忘れるとは。
「兄サマ、これカウンタートラップなんだ」
 相手にダメージを返す類の。
「はい、オレの勝ち。兄サマってばメンタル面弱いー」
 表返ったカードに、或いは負けたことに、兄が絶句する。
「お前は……話を逸らしたのもわざとだな……」
「うん」
 わざとでないわけがない。
「頭使うゲームなんて、どんなに実力差あっても動揺したら負けだよ」
 そしてこういう勝ち方でもよしとするなら、比較的簡単に勝てるものだ。自分の取った行動とはいえ、これをよしとするには抵抗があるが。企業戦争ならまだしも、個人間の遊びだ。
「く……明日のエキシビジョンで負けたらどうしてくれる……! 思い出すだけで動揺するわっ」
「あ、エキシビジョン明日だっけ? まあ、だからやだって言ったのに」
 意地が悪い、いや性格が悪い、などと繰り返し続ける兄に代わり机上のカードを片付ける。そっぽを向いた兄の頬が微妙に膨れていて、オレが悪かったことは悪かったけれども、いい年してどこの子供かと、出そうになる苦笑を堪えた。
「怒らないでよ。ね」
「怒るに決まってるだろう!」
「駄目。何でも一つ、願いを叶えてくれるんでしょう。怒らないで、ね。機嫌直してよ」
 約束を今持ち出すのも卑怯といえば卑怯な気がするが、取り敢えず遵守してくれる気はあるらしく、不承不承としながらも兄は背けていた顔を元の位置に戻した。
「もうお前とはチェスしかしない」
「うん。で、今のデッキあげるからね」
「……見る度思い出しそうだ」
 白い指が纏め直したデッキをぱらぱらと捲る。指先を捕まえると、卑猥な指で悪かったかと、兄が可愛くない顔をして言った。
「悪くない悪くない。この指大好き」
 指の上に接吻を落とす。これで流されてくれないかなと思ったが、そこまで単純ではなかったようだ。多少は、機嫌が上向いたようにも感じられるけれども。
「明日、何時から?」
「昼過ぎだ。進行がずれ込まなければ三時くらいか」
「じゃあ見に行くから頑張ってね」
 来れるのか、と兄が膨れ面を取り下げた。明日の仕事は持ち帰りが決定したが、機嫌を直してもらえたならそれに越したことは無い。
「お前が見に来るのは久し振りだな。昔は、いつもだったが」
 上機嫌になった兄が円卓の下で足を突付いてくる。突付き返すと今度は足の間に足を差し入れられた。差し入れるだけでなく絡めてくるから、多分、和解の意味も込めてその気なのだろうけど。
「明日、会場入りは朝からなんじゃないの」
「九時からだ。そう早くはない」
 脛を登ってきた足が腿へ移動する前に取り押さえる。手の下で足首がばたばたと暴れ、暫くして大人しくなった。
「エキシビジョン出るんでしょ。腰立たなくなったらどうするのさ」
 慣れてるだけ、全く動けもしないなんてことは無いものの。何となく、怠いんだろうなと判るような立ち居振る舞いになっていることはよくある。エキシビジョンは立ちっ放しだ。
「そんなに言うなら、この卑猥な指で相手をしてやる」
 立ち上がった兄が円卓を横へ押しやり、椅子に座ったままのオレに乗りかかった。
「全く悔しいことにな、デュエル中から焦らされてるかのような気分でな」
 さっきまで膨れてた人間の言うことじゃない。悶々としていたから余計に集中力が弱く、かつ機嫌が悪かったのかもしれないけど。
「このままでは気が散って気が散って、本当に明日負けかねん」
 言いながら兄がオレのズボンに手を掛ける。
「なんだ、お前もやる気だな」
「だってこの体勢……」
 抜き合いだけ、と心に誓って兄の足を持ち上げた。ズボンから片足を脱がせ、収まりよく座り直させる。
「もう少し寄った方がやりやすい」
「そう?」
「こう、一緒に持つと」
 兄の指がオレのものと兄のものとを一纏めに掴んだ。細い指の回りきらない部分にオレの手を添える。
 普段は最初から最後までしてしまうから、そういえばこういうのは初めてだ。
「あぁ、そう、やって……」
 兄の背中を支えてバランスを取りながら、言われるままに手を動かす。一纏めにしているために互いの反応が筒抜けで気恥ずかしく、誤魔化すようにくちづけで気を逸らした。今日は兄の気を逸らすことばかりに腐心している気がする。
 そうしている内に溢れ出した先走りが、何も付けていなかった所為で滑りの悪かった竿を濡らした。伝わりやすくなった刺激に二人して声を堪える。
「声出しなよ」
「お前こそ、今、堪えただろう」
 お互い意地になって手先の動きを速めると、透明な液体の、過剰に溢れた分が兄の指の間で泡立った。二本分の液体は随分と過剰で、泡立つだけでは済まず、白い指の股から零れ兄の服の袖に染みを作りもしている。
「袖なんか、どうでもいい。それより、もっと」
 ぎゅう、と兄の指に力が入る。同じようにオレが握る力も少し強めると、堪え切れなくなったのか単に堪えるのをやめたのか、兄は鼻に掛かった声で小さく喘いだ。
 二本が手の中で滑って位置を変える度に、その喘ぎが細くなっていく。吐息のようになる頃には、そろそろ
限界も近かった。
「もういい?」
「ぁ、あぁ、もう」
 返答の直後に兄の空けていた手が先端に被さった。間も無く兄のものが震え、オレもそれに釣られる。吐き出された濁液は兄の手に押さえ込まれ、飛び散ることなく勢いを失った。
「大丈夫……って聞くのも変か」
「あぁ。……手を拭くから、ティッシュを取ってくれ」
 兄がそろりと手を掲げた。二十分も前にはカードを操っていた指が、今は白濁に塗れている。
「ティッシュね、どこにあるの」
「ベッド」
「届くわけない」
「いや、昨日足元の方へ蹴り飛ばしたままだから多分届く」
 どうかな、と振り返って探すと、普通ヘッドボードに置かれている箱は確かに手の届く位置まで移動させられていた。角を掴んでこちらへ引き摺る。寝台から箱が離れた瞬間、ことりと音が鳴った。
「何だ、今の音は」
「さぁ。取り敢えず、これ」
 ティッシュを箱ごと兄へ渡し、床に目を向けた。毛の長い絨毯の、毛足が乱れた所に何かが落ちている。
「あ、髪留めはっけーん」
「何?」
「ほら、オレが昨日してたやつ。これ探しててさっきのデッキ見付けたんだ」
 あまりにも見付からないものだから引き出しの裏に落ちたのかと思っていたが、兄の部屋で落としていたらしい。仕舞った記憶も無かったから、おかしいとは思っていたが。
「オレここで外したっけ?」
「オレが外した」
 邪魔だったから、と兄が付け足す。外した記憶も無かったのだが、いつの間にか外されていたのでは当然だ。
「明日はそれを使うのか?」
「あー、そうしようかな。そのつもり」
「だったら、明日もオレが外してやろう」
 楽しみにしてると返答すると、兄は肩に顔を押し当ててくぐもった笑い声を立てた。
 だが笑い声がやんでもその顔が上がらない。そのまま寝付かれそうな雰囲気に、急いでベッド行きを提案した。


the finis.

 A:デュエルパート、B:エロパートだと思って読んで頂けると……どこが本筋か判らなくなって混乱するのを防げるかと……!
 そんな話ですが元のリクは兄に遠慮しているのかカードを嗜まない弟の謎、でした。あと指プレイとラブラブでした。
 謎、毒入りバーガーとか細工済みガシャポンとかやる子が正々堂々勝負する大人になる筈無い。きっと相当底意地の悪い戦略を立てるようになるに違いない。と、信じ込んでいる私が解明したらこんな話が出来ました。底意地悪いのはこの話書いた人ですね。

 お持ち帰りは15000ヒットのM様のみ可能です。まぁ、持ち帰らないでひっそり読むのも可能です。