二年目の花束
2007/10/25


 付き合って二度目の誕生日がきた。オレのじゃない、海馬のだ。
 相変わらず海馬は金で買えるものに不自由は無く、オレの生活は去年よりマシな程度で苦しいが、去年と打って変わって何を贈るかに迷うことは無い。去年の約束を遵守すべく、オレはまず文房具屋へ、それから花屋へ、軽い財布を持って向かった。
 青い水性ペンと白い薔薇、去年のリベンジのために揃えたアイテムはこの二種類だ。花は、今度こそちゃんと束にできるくらいの本数を用意した。それにしてもボロアパートに薔薇って似合わねぇなと思いながら、それらを持って家に帰る。
 帰るなり台所に行って戸棚から大き目のコップを出し、八分目まで水を入れた。買ってきたペンをばらして中の芯を折る。ぽたぽたと零れる青インクをコップで受けた。
 薄い青色になった水に薔薇を挿す。これであとは待つだけだが、大きめとはいえ所詮コップ、長い茎や花の重さに耐えかねて倒れそうだ。流し台の隅に花を持たせかけてなんとかバランスを取る。安いのでいいから花瓶も買ってくればよかったなと後悔した。


 翌朝までに、白かった花は薄青く染まっていた。もう少し濃い色に染まるかと思ってたんだが、ペン一本ではインクが少なかったんだろうか。海馬の所へ行くのは夕方になってからだから、それまでに残りの水を吸って多少は濃い色になるかもしれないけど。
 そうなることに期待して、一先ずは家を出る。帰ってくる頃には、まあどうにかなっているだろう。どうにもならなかったとしても、去年のような失敗作になるわけじゃない。薄い色は薄い色で綺麗だし。去年のまだらとはわけが違う。
 コップは倒れてないかとか色はどうなったかとか、そんなことを考えながら半日を過ごした。前もって今日は定刻で上がるからと念押ししていたからか、何があるんだ彼女とデートかとからかわれはしたものの、残業は回されずに済みそうだ。終業のベルがなってすぐに控え室に戻る。同じく定刻で上がる人たちがのらくらと帰る用意をする中、速攻で作業用から通勤用にジャケットを着替えてタイムカードを押した。
 帰り際、そんなに急いでやっぱり彼女と逢引だろと声を掛けられたので、そんなトコすよーと多分大いに弛んだ顔で返答した。まあ、彼女ではないけど。似たようなモンだからここじゃ彼女で通してる。
 自転車を飛ばして家に帰り、花を見に真っ直ぐ台所へ向かった。コップの水が大分少なくなっていたが、倒れたりとかおかしなことにはなっていない。朝より幾らか鮮やかな色に染まった薔薇をコップから出し、茎の水に浸かっていた部分を軽く捻った蛇口の下で濯いだ。
 あとは、これを花束にしなければならない。キッチンペーパーで茎の先をくるんで濡らす。その上にアルミホイルを巻いて、花を買った時の状態一歩手前に戻してみた。買った時はこれに透明なフィルムが一枚巻かれていたが、それだけじゃ人に渡すための包装としては簡潔過ぎる。
 自分の部屋に行って、買っておいた半透明のラッピングペーパーを取り出した。まだ束になっているだけの花束をそれで覆い、売りものの花束みたいな外観に近付けていく。
 最後に青いリボンで束を括り、金線の入ったそのリボンの端を鉛筆に巻き付けてカールさせた。ちょっとオレ巧いんじゃねーの、花屋に勤めても良かったかな、なんて自画自賛しながら完成した花束を翳して見る。
 上出来だ。約束の時間まではまだあるが、ゆっくり歩いていけばいいかと、もう出発してしまうことにした。


 しかしまあ出掛けてみると花持って歩くってのはなかなか目立つ行為だ。夜だし人通りが多いわけじゃないが、擦れ違う人擦れ違う人の視線が一瞬花に固定される。もう少しキメた格好をしてくればよかっただろうか。普段着に花よりは一張羅に花の方がきっと絵になる。オレに似合うかっていったら、それはどうかって話だが。
 無理は良くないなと思い直した。大体オレの一張羅ったって、一応持ってるぺらいスーツくらいのモンだ。フルオーダーを着てるような海馬には、とても見せられやしない。
 海馬が花を持って歩けば様になるだろうなと想像してみた。様にはなるだろう。ただ本人が送り手より受け取り手になりたがってるから、そういう機会が訪れることは無さそうってのがネックだが。全く、人間ってのは巧く出来てない。
 ぐだぐだと物思いに耽りながら歩いている内に海馬の屋敷の前に着いてしまった。時計を見ると約束にはまだ十五分ほど早い。
 今入っていったら海馬はまだ用意できてないかもしれない。風呂上りたてとかに遭遇しちゃったりすると、美味しいことは美味しいけど、ちょっと気まずかったりもするんだよな。あと部屋片付けてる最中とかさ。あっ、まだだった? 悪い悪い、って感じで。
 十五分は外で待ってから入るかと門の横に寄り掛かろうとした途端、大きな音を立てて当の門が開いてしまった。そういやカメラ付いてるんだっけと思い出す。モニターに張り付いてる人もご苦労なこった。
 これで入らなきゃそれはそれで怪しまれるんだろう。準備中だったら早く来過ぎてごめん、と心の中で謝ってから門をくぐった。


 ぎりぎり準備終わり、くらいだったのかなーと、上着だけが慌てて引っ掛けた風の海馬を見て思った。
「早かったな」
「ゆっくり歩いてきたつもりだったんだけどさ。早く渡したくて仕方なかったみてぇ」
 持ってきた花束を差し出す。
「今年はちゃんと綺麗だろ」
 海馬が花を受け取ると、ラッピングがかさりと音を立てた。少し歪んだフィルムを、海馬の指が引っ張って直す。
「あぁ。綺麗だな。この包装はお前が?」
「巧いだろ?」
「外すのが勿体無い。活けなければならんというのに」
 花束を抱えた海馬が、口では困ったと言いながら頬を緩ませる。それを見て、オレはさっき人間は巧く出来てないと思ったのを訂正した。海馬が花を持って歩いたら、それは様になるだろう。けどこうしてみると花を持って歩くより花を受け取って抱える方が、海馬には似合ってるような気もするのだ。
 少なくともオレにはそう見えて、それでもってそのオレが海馬に花を贈れる立場にいるんだから、案外人間は巧く出来てるのかもしれない。
「どうかしたか?」
 ぼーっと考えながら見ていたら、小首を傾げた海馬と目が合った。いや何でもないんだけど、と前置きをする。
「お前、花似合うなと思って見てた」
 ああもう、赤くなるなよ可愛いから。こっちまで照れなきゃいけないような気になるじゃんか。
「なぁ、来年も花贈らせろよ」
「来年だけか?」
「……お前が飽きないなら毎年でもいいけど」
 じゃあ毎年だなと言って海馬が花束を胸の前から傍のテーブルへ移動させた。青い薔薇は暫く放置しても平気そうなくらい生き生きとしている。
 オレは、今から始めちゃって海馬が力尽きたらオレが花瓶を探し出して花を活けなきゃなんないんだろうかと考えながら、手の空いた海馬を抱き寄せてキスをした。


the finis.

 頑張る城之内君の二年目。瀬人に花は似合うと思います。そんな思い込みで今年の瀬人誕も花ネタでした。そしてきっと来年も花ネタです。