ピンクのブレザーを着た民族
2008/3/23


「あ、海馬君。新歓祭の出しもの、ウチのクラスは男女逆転喫茶になったから。で、海馬君はフロアね。制服使うんだけど、まぁ上は大丈夫でしょうけど下がマイクロミニになっちゃうかも。でも男だもの気にしないわよね?」
 数日振りに教室のドアをくぐった足の長い人影を目にした途端、彼のクラスの文化祭実行委員長は、機関銃のように一方的に、そう告げた。撃ち込まれた言葉の意味を彼の常人には理解できないほど優秀な(そしてそれ故にコミュニケーション機能不全に陥っている)脳が解析する。
「待て。気になる部分が多過ぎるんだが。それはつまり女子制服を着て接客をしろと、そういうことか」
 問題を抱えつつも優秀な頭脳はすぐさま正しい答を弾き出した。選りにも選ってこんな恥ずかしい色の制服お断りだと、拒絶の言葉と動作を付けるのも忘れはしない。
 ああほら、やっぱり。いやでも多数決……。
 周囲からぼそぼそと画策があったことを示す声が聞こえている。
「仕方ないじゃないか。決まっちゃったんだから。だいたい話し合いの日に休むなんて、んじゃアイツにやらせようフラグが立って当たり前だよ」
 横から軽く笑い飛ばすような、いや、どこか観念したような声が割り込んでくる。
「話し合いがあることすら知らなかったんだがな。覚えてろ」
 凄みながら彼が声の主を探す。だが睨み付けようと横へやった目は不機嫌に細められるのではなく、むしろ真逆で、大きく見開かれた。何故なら、その声の主もまた、ピンクのブレザーに短いスカートという出で立ちだったのだ。ボクも昨日K社の製作発表会行ったんだよねぇ。呟きは虚ろだった。
 数分後の自分を予想すると、彼は背筋が寒くなる気さえした。
「そう嫌がるなよ。エジプトじゃロングスカートだって穿いてただろ」
 どうやらフロア役を逃れたらしい男の笑みが憎らしい。おまけに言っている内容は馬鹿らしい。
「全く記憶に無い。気味の悪いことを言うなこのオカルトかぶれが」
 一蹴すると、何か言ってやろうと控えていたものでも居たのか、間髪いれずに後ろから、彼の肩は叩かれた。
「いいじゃねぇか。ま、なんつーの、似合うんじゃね? 可愛いじゃんピンク」
 笑いを堪えながら言われたところで。
「それが慰めになると思うなよ、鳥頭め」
 他人事だと思って。恨み言には、だってオレ厨房だし他人事だもんと神経を逆なでする言葉が返された。
「どこだったか忘れたけど男がスカート穿いてバグパイプ吹くとこだってあるんだしよ」
 次の声は今までで一番まともな慰めだったが、既にささくれ立った神経には、触っただけでも間違いだったようだ。地を這うような、或いは地底から響いてくるような音が返答を構成する。
「スコットランド。民族衣裳を引き合いに出すな!」
 その昏い大声に、今まで黙々と細かな手作業を続けていた少年が始めて顔を上げた。
「それだって民族衣裳じゃない。萌えという文化の」


the finis.

 ピンクのブレザーを着た民族。一般的には、二次元美少女などと呼ばれる。
 (初出2008/3/23・再掲2008/4/9)