Trick or treat!
2008/10/31


「ヘネク・テム・セペル・ブウ・ジュウ・レク」
「なんで御座いますかそれは」
 災いを避けたければ贈りものをしろ。冥界へ還っても日付の感覚があったことに驚いていたのは初めの内だけ、オレは早々にそれに慣れ、慣れた頃にちょうどやってきた地上の行事を思い出した。
「地上のな、お前たちが冥界に行ったよりは大分あとに出来たハロウィンという祭りの呪文だ。地上の言葉ではトリック・オア・トリートと言うんだが、オレたちの言葉で言えばヘネク・テム・セペル・ブウ・ジュウ・レク、災いを避けたければ贈りものをしろ、だ」
 災いの単語にか、セトが露骨に顔を顰める。
「贈りものを、アテム様に、と?」
 死んだ人間は漏れなく冥界行きのお陰で、冥界に還ったらセトはオレをファラオと呼ばなくなっていた。当たり前だ。冥界にはファラオが多過ぎる。
 それはそれとして、セトの質問に答える。
「化け物に仮装した人間に言われたらそうするんだ。小さな菓子とかでいいんだけどな。その代わり、菓子を渡せなかったら、災いってほどでもないが悪戯を受けなければならない」
「で、アテム様は角蛇の飾りなど付けておられるのですか」
 一度だけ、現世に甦ってた間に相棒の中で観察したハロウィン。可愛らしい悪戯が大半だったが、許される仲なら性的な悪戯もアリなんだぜと城之内君と本田君が力説していた。
「だからな、セト、ヘネク・テム・セペル・ブウ・ジュウ・レク」
「まぁ不埒ですこと」
 返事の代わりに、何故か後方から声が聞こえた。
「アイシス」
「アイシス、何が不埒だったのだ。アテム様はまた妙なことをお考えか」
「ええ。オレの性的悪戯が! と叫ぶ未来が見えました」
 冥界に還ってきたら、イシズのタウク同様、アイシスのタウクも千年アイテム所持者の未来を見れるようになっていた。
「なんでばらすんだ!」
 何より、二人して、忠誠心が低くなっている。死ねば皆オシリス、対等なのだからと理屈は解るが、古代が少しばかり懐かしい。冥界はオレに優しくない仕様になっている気がする。
「全く、下らないことばかりお考えになる」
「けど、そういう行事なんだぜ!」
「現世の地上で下らないことばかりなさっていたようで御座いますな」
「記憶を無くして自分がどこの誰かも解らず、必死に現世に溶け込もうとした努力の痕跡と言えよ」
 さすがに、少しいじけてみせる。威厳がなんだ、忠誠心を捨てたような奴の前で取り繕うことなんか何も無いぜ。
「……仕方ありませぬな。そのハロウィンとやらに付き合えばよいのでしょうが」
「おお、そうだぜ! ヘネク・テム・セペル・ブウ・ジュウ・レク!」
 叫んだオレに、セトはポイと小さな赤茶色の物体を投げて寄越した。受け止めてから、それが何であるかを見る。
「菓子は差し上げましたぞ。ナツメヤシ、お好きで御座いましたな?」
 これはつまり、菓子を貰ってしまったから。
「……オレの性的悪戯が!」
「まぁ、さすがタウクは外しませんわ」
 セトがそれを聞いて鼻で笑った。くそ、オレがナツメヤシ好きだったのなんて、子供の頃の話じゃないか!


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 2008ハロウィンファラセト編。闇君は、冥界に還ったあとくらい、これくらい気楽にやってるといい。
 古代エジプト語はあまりトリック・オア・トリートのニュアンスに当てはまるような単語が無かったので、かなり無理矢理です。あと文法間違ってたらスミマセン。