初めてのコタツ
2008/11/27


「寒いからさぁ、コタツ出したんだよ」
 何の気無しに言ってみたら、呟きで終わる筈だったその言葉に海馬が食い付いた。それも、何やら興味津々といった様子で。何だコイツ、コタツが珍しいのか? 日本人のくせにコタツが珍しいなんて変わってる。
 まあ、あの洋館に住んでりゃそうかもな。しかしあのぬくぬくと暖かい布団に足を突っ込む幸福を知らないとは可哀想な奴だ。そう思ったから、珍しく、ウチに来るかと誘ってみた。普段は海馬の家に行くのが当然のようになっているけど、コタツを知らないとは頂けない。日本の冬といえばコタツで蜜柑だ。
 ここは、オレがあの幸せを教えてやらないと。


 コタツを出したのは散らかった上に板の間なリビング、じゃなくて、その奥にあるオレの部屋だ。転がった酒瓶を除けながらリビングを突っ切る。後ろからの足音が聞こえないなと振り返ると、海馬は玄関で立ち尽くしたままだった。
「あー、うん、散らかってて悪いけど。そこはまだ半分外みたいなモンだから」
「丸々外だとしても酷過ぎる」
「はいはい、いいからこっち来いって」
 言っとくけど散らかすのは主に親父なんだからな。オレは綺麗好き、ごめんそれは嘘、だけど自分の部屋をそこそこ見れる状態に保つくらいはしてるんだからな。
 ぶつぶつと聞かせる気の無い文句を呟いている間に海馬がこっちに向かってくる。
「そういえば、来て良かったのか。お前の父親は……」
 海馬が少しだけ言い澱んで、他人を家に上げたがらないんだろう、と続けた。一応言葉を選んだらしい。いや別に、アル中で暴れるんだろうとか取り立てに過敏になってて人の来訪を嫌がるんだろうとか、そのまま言ってくれても気にしないんだけどさ。
「親父なら今日は飲みに行ってて帰って来ねぇよ」
 だから酔った親父に絡まれたりその挙句怪我させられたりする心配は無いぜ多分。そういうつもりで言った帰って来ないに海馬は顔を顰めた。
「いいのか」
「んー、昨日は珍しく賭場で勝ったらしいし、自分の金で飲む分にはまぁな」
 そんなことより、と部屋の扉を開ける。やや壁よりの位置に鎮座するコタツのコードを掴んでコンセントに挿した。最初に暖まるまでが長いんだよな。付けた瞬間暖かくなればいいのに。
「それがスイッチか?」
 オレの手に収まったコードの中間にある楕円形の物体、海馬の言う通りスイッチなわけだが、を海馬が覗き込む。持たせてやると海馬はパチンと音を立てて電源を入れた。
「それ、床に置いといていいから」
「あ、あぁ、いや、電力はどれくらいかと」
 電源を入れたあとも手の中で引っ繰り返したりスイッチを離さない海馬は、スイッチをどうすればいいのか解らなかったわけじゃなく単に知的好奇心に駆られていただけらしい。こういうトコ技術者だよ本当。
 気が済んだのかスイッチを床に戻した海馬が、今度はコタツの回りをうろうろと歩き出す。入んねぇの、と声を掛けようとしてやっぱりやめた。未知の物体を見たみたいな反応は、止めるより見てる方が面白い。
「って、お前何やってんだよ」
 暫くうろうろする海馬を眺めては心の中で笑ってたが、その手がそろりと布団を持ち上げたところでつい言葉が口に出てしまった。ああくそ、もうちょっと観察してようと思ってたのに。案の定動きを止めた海馬に、仕方ないから向き直る。
「捲ったら折角あったまったのが外出ちゃうだろー。布団持ち上げんなよ」
 恐る恐る布団を捲る様子は馬鹿な子ほど可愛いとかそういう意味で可愛かったけどさ。中には何も居ないし足突っ込んだってコタツは取って喰ったりしないっての。
 布団を海馬がやったみたいに天板の上まで、ではなく少しだけ持ち上げてコタツに足を入れる。まだ電源入れてそんなに経ってない上に中の空気を逃がされたばかりだけど、外気よりは比べるまでもなく暖かい。やっぱり冬はコタツだよコタツ。
「海馬も入れよ、この部屋寒いだろ」
 暖房無いし。オレは慣れてるから何ともないけど。
 おずおずと海馬がコタツの中に入ってくる。だからコタツは取って喰ったりしないって。何でそんなに慎重を期してんだ。
「あ、そうだ、蜜柑あるけど」
 食う? と。自然な流れでしたつもりの提案に海馬は不審げな表情を返した。何を急に、とかそんな感じのことを思ってんだろうなと想像が付いて、お前もう日本人名乗るなと言いたいのを堪える。この世間知らずめ。コタツで蜜柑を解したからって大して世間が広がるわけじゃないけど。
「冬にコタツで蜜柑ったら庶民の定番なんだよ。つーわけで」
 後ろに手を伸ばして蜜柑の入った籠を取る。コタツの上に置けば日本庶民冬景色の完成だ。あ、どてらもあればもっと良かったな。そろそろコタツだけじゃ背中が寒い季節になってきたし。
 蜜柑を一つ手元に取る。海馬にも勧めてから明るいオレンジ色の皮に爪を立てた。
「お前神経質だよな」
 海馬の手が白い筋まで向いているのにらしいなと思った。あんなの気にせず食っちまやいいのに。
 ちまちまと皮を海馬が筋を取ってる内にオレの蜜柑は胃袋に収まってしまった。もう一つ食べるかな、いややめとこうか。数秒考えた末にやめる方に決めた。腹が減ってるわけじゃないし、神経質な海馬の指先が蜜柑相手に悪戦苦闘するのを眺めることにしよう。


 海馬がようよう蜜柑を食べ終えた頃、オレたちは何だかだれてきていた。段々会話が減り、何をするでもなく、強いていうなら机に突っ伏して寝たら幸せになれそうだとか、そんなやる気の無い空気で部屋が澱んでいる。まさにこれぞコタツの魔力。
 駄目だこのままじゃ本当に寝る。それはどうかとコタツの誘惑を振り切って立ち上がった。
「何だ、どうかしたのか」
「や、蜜柑の皮棄ててくるだけ」
 外へ出れば途端に頭が冴えた。台所まで行って皮を捨て、寒い寒いと無意味な呟きを漏らしながら部屋へ戻る。勢い込んでコタツに入り直すと中途半端に伸ばされていた海馬の足にぶつかった。
「あ、ワリ。っと」
 かち合った足を避けたつもりがまたぶつかる。布団で見えないがコタツの中はどうなってるんだ。
「お前足どこにやってる?」
「今は右側に寄せてる」
 じゃあ左に、と動かした足はまたも海馬にぶつかった。あー、右って海馬から見た右か。オレから見たら左。つうか最初の位置が位置だったから足が混線状態だ。クロスしてる。
 この微妙な状況にふとイイコトを思い付いた。うん、絡まった足で思いつくイイコトなんてアレに決まってる。
 したいなぁ、と声に出すと更に名案に思えてきた。海馬は眉を顰めたけど。
「寒いから出たくない」
 付き合いも長くなると断り方に全く遠慮ってモンが無くなってくるな。本心過ぎるだろそれ。運動すれば温かくなるとか、もうちょっと可愛げのある態度でお断りされたならそういう返答待ちかとも思えるわけだけど、どこをどう見てもそうは思えないし。悲しいことに。
 まあ寒いから出たくないって言うなら出なくてもいいよ。入ったままでもできるから。そう告げながら絡まった足で海馬の内腿にちょっかいを掛ける。
「入ったまま? どうする気だ、無理を言うな馬鹿」
「よーし言ったな、先人の知恵舐めんなよ」
 由緒正しき四十八手の一手だぞ。考えた奴は馬鹿だと思うけど。
 手探りで海馬の足首を掴み、左右に開いてオレの膝の上に乗せた。本気か馬鹿、と焦った声が聞こえたが気にしない。
「本気本気。あ、体勢キツかったら後ろに寝転がっていいからな」
 オレがそう言うと海馬はぶつぶつ文句付きながら腕を支えに後ろへ倒れた。掴んでいた足首を引っ張ってコタツの中に腰を潜り込ませる。あ、先に下脱がしときゃ良かった。今からいけるかなコレ。
 狭い空間をめいっぱい活用して、片足ずつ海馬の何か裏打ちが付いたあったかそうなズボンを……そういえば最近テレビでくらいしかコイツが気合入った格好してるの見てねぇな。どうなんだそれ。そろそろ彼氏から空気に昇格なんだろうか。昇格だけどむしろ降格だな空気って。
 まあオレも海馬のこととやかく言える格好してないけど、なんて考えながらも手は動いていて、ズボンはとっくにコタツの外へ放り出されている。器用なオレに拍手。
「待て、待て。本当に帰って来ないんだろうな」
「へ? 何が?」
 唐突な質問の意味は測り損ねた。聞き返すとぶすっとした声がコタツの向こうから戻ってくる。
「お前の父親以外に誰がいる」
「ああ、うん、多分」
「多分だと。最中に帰ってこられたらどうする気だ」
「えー、じゃあ絶対」
 我ながら何ていい加減な。どうせ帰ってきてもこっちの部屋まで来ないしいいんだけど。つかそれより大きな問題が。
「そうだ。海馬、悪いんだけど今日は声出すの無しな」
 総敷地何坪? お前以外の人間どこで生活してんの? そう尋ねたくなるような広い広いそして壁の厚いお屋敷と違ってここは隣の家との距離はイコール薄い壁の厚みのみなのだ。
 無茶を言うなと海馬が喚く。いやいや無茶ではないって多分。世の彼氏持ちの大多数がしてることだ。誰も彼もが防音完璧プライベートルームを持ってるわけないだろ。
「ま、無理そうだったら布団被っとけ」
「人でなし!」
 お前彼氏にそれはねーよ。最近してないからしたいなーってオレの要求は結構正当だろ。しかも一回了承したじゃん。
「人でなしってのは、じゃあ口ん中にタオル詰めろとか言う奴のことだって。オレは絶対優しい方だろ」
 流石にそんな酷いことは言えねーよオレは。だいたい口の中にタオルって、見た目からして興醒めもいいトコじゃね? やれりゃいいってモンじゃないよな。
 ぐだぐだな会話を続けつつコタツの中では海馬の足やら何やらを弄り回す。上半身に手が届かないのがちょっとアレだな。惜しい。それでもまあ充分だったようでコタツの向こうに見える海馬の顔はちょっと赤らんで、耐えてんだなって表情になってる。
「くっ……する、なら、早くしろ」
「もーちょいエッチな感じに言ってくれたらそうする」
 そりゃオレもどっちかというと溜まってるし前戯とか正直めんどくさいけど、でもやっぱムード大事だろ。付き合い始めた頃のお前には負けるけどオレにもそういう心があるわけで。
「馬鹿なことを言ってるんじゃない……! いつお前の父親が帰ってくるかと気が気でなくて集中もできんわ!」
 そっちか。
「平気だって。多分帰ってこないし、帰ってきてもこっちまで来ないし」
「信用ならん」
 コタツはいいけど海馬の家にしときゃよかったかなコレ。こっちの部屋まで来ないのは確信あるんだけどな。
 まあ信用されないのは仕方ないので、や、仕方なくはないけど今信用について争っても仕方ないので、大人しく海馬の言うことを聞いてやることにする。
「じゃ、挿れますよーっと」
 オレはあまり動けないから、海馬の太腿を引っ張ってこっちに来させた。久し振りだからかいつもより狭く感じる場所へオレの息子がめり込んでいくのに、海馬が口を両手で押さえる。
「おっしゃ挿った。ところで海馬、今日の気分は?」
「あ、何……気分?」
「ドライでイケそーな気分か出したい気分か」
 なんでそんなこと聞くんだ! とでも言いたそうに青い目がオレを睨んでくる。ドライ、ところてん、普通に射精、の三種類くらいパターンがある海馬のイキ方は、オレとしちゃドライの時が一番可愛いイキ方してんなーと思う。のは置いといても、ドライの方が今日は面倒じゃないんだよな。
「出したいならさ、コタツに飛ぶと困るし、ゴム要るじゃんお前も」
「何が、お前も、だ。生だろうが、これ……!」
「ちょ、いた、痛いって! 最低彼氏でごめんだけど!」
 ぎゅう、と海馬が力任せに締め付けてくる。オレが涙目になってるのを鼻で笑う様子は可愛くない。
「くそ、ぜってードライで泣かしてやる」
 持ったままだった太腿を揺さ振ると、ちょん切る勢いだった締め付けが急に緩んだ。ヤ、なんて色っぽい声も上がってる。
「声、我慢しろって」
 オレは聞きたいけど。よく顔合わせる隣のおばさんとかに聞かれたら死ねる。
「ひぁ、無理、を……っ」
「できるできる。ほら、喋んなくていいから」
 海馬の唇が固く結ばれたのを見てから、グラインドのスピードを少し上げた。目まで瞑ってイヤイヤしながらうーうー言ってる様子は、新鮮みがあって燃える、かもしれない。元気に喘いでるのにも煽られるけど、これはこれで慣れてない奴相手にしてるみたいで。
「じょ、じょう、あ、ゃ、も……むり、むり、きそう、ぁ」
 唸ってた口を開けて無理だと訴えてきた途端、海馬の全身にゾクゾクゾクと震えが走った。白い咽喉が息を吸い込んだのが見えて、咄嗟にその身体をコタツの中に引き込む。
 長い足は逆に飛び出してしまったが、頭は完全にコタツの中だ。その体勢の所為で余計に深く突き挿すことになって、まあ多分それがとどめで海馬はイキの状態に入ったらしい。痙攣が持続的になった上、愚図りながら喘いでる声が布団の中から漏れてくる。
「頭打ってねぇかー? 叫びそうになる前に布団被っとけって、言ったろ」
 返事の代わりに飛び出した足が布団を巻き込んでオレの腰に絡みつく。そんなのどうでもいいから続き、ってことだ。
「ぁ、ぁん、ゃ」
 揺さ振るのを再開すると布団越しで不明瞭な声が切れ切れに上がり出した。我慢は無理だったみたいだが、こんだけくぐもってりゃ隣には聞こえないだろう。
「あー、オレもイキてー」
 海馬には聞こえてないだろう独り言を呟いた。溜まってたから発射しろっつわれたら今すぐ発射できる状態だけど、オレが海馬だったら今終わられたら怒るなぁと思うからもうちょっと堪える。
 暫くガツガツ突いてたら、海馬が痙攣してるというより硬直してるって感じになってきた。オレの腰に巻き付いてた足も、挟まれたオレを無視して内側に閉じようとしている。
「ぁ、あ、しぬ、しにそ、ぅ、ぁ」
 布団越しだってだけじゃなく不明瞭な声で泣きが入ったので、ウチで失神されたら困るし、この辺でオレもイクことにした。最後に思いっ切り深く挿し込む。
「……っと」
「ぅ、ん……ぁ」
 オレが動きを止めると海馬の足から力が抜けた。
 コタツの中に潜らせっ放しも良くない気がして、普段なら挿れたままうだうだしてるような時間に抜いて始末をしてしまう。後ろに置いてたティッシュで適当に拭って、ゴミはゴミ箱へ、オレはコタツを出ると海馬が座っていた方へ移動した。
「大丈夫か?」
 コタツから上半身を引っ張り出してやる。起き上がらせて背後から抱きかかえると、余韻が残ってるのか、海馬はオレの腕の中で小さく悶えた。
「コタツでエッチもなかなか良かっただろ?」
「暑くなった」
 声も微妙に乾いて掠れてた。ヒーターの間近で喘いでたわけだしなと苦笑が零れる。
「水持ってくるわ」
 海馬を絨毯に寝かせて立ち上がった。壁より更に薄いドアを開けてリビングに出る。そしてドアを閉め、台所に向かおうとしてオレは固まった。
「……」
 オレが固まった原因も固まっている。
「お、親父帰ってたんだ……?」
 しかも酔ってなくね? そりゃまあ常に酔いどれてるわけじゃねぇし、生活リズムが合わないからオレは滅多に見ないけどオレが金渡してなくて借金も増えてないのに飲んだり打ったりしてるってことは素面で働いてる日もあるってことで、だから別に酔ってない親父がそこにいたって不思議でもなんでもないんだけど、今日に限ってかよーっていう……
「今日も勝ったからよぉ、飲みに行くのやめて偶にゃ家にも金入れるかって戻ってきたんだが。女連れ込んでるとは思わなくてよ、悪いな、すぐ出てくから」
 声デケェよ。
 親父は本当にすぐそそくさと出て行ったけど、水を汲んだコップを手に、オレは部屋のドアを開けられないでいる。なんかさ、もうさ、ドア越しにオーラが漏れてんの。ドア越しなのに分かんの。
「海、馬……?」
 恐る恐るドアを開けると、横になったままの海馬がそれはもう凄まじい目付きでオレを睨んでいた。コタツから出された手がぷるぷる震えてる。怒りで。
「だからオレがあれほど……! この馬鹿がぁ!」
 蜜柑が籠ごと飛んできた。
「いや、でもホント、オレにも予想外で」
「その足りない脳味噌では予想できないようだからオレが予想してやったんだろうがっ」
 叫んで、海馬が咳き込んだ。掠れた声で怒鳴るからだ。
「あー、ほら、水」
 抱き起こして口許にコップを持っていってやる。海馬はもう一度オレを睨んでからコップに口を付けた。
「もう二度と来るものか」
「えー、でもコタツ良かっただろ?」
「壁が薄くなく人払いが完璧でありさえすればな」
 苦虫を噛み潰したような顔で海馬が悪態を吐く、けど。
「え、あ、いや」
 そっちの意味じゃなくて。ヤベェ、思い掛けな過ぎて赤面する。今の良かった? って聞いたわけじゃなくて、普通に、ぬくぬくしながら蜜柑食べたりとかそういう。オレが赤面して気付いたのか、海馬の顔まで真っ赤になった。
「いつもは聞いたって良かったなんて言わないくせに、なんでまたこういう自爆みたいなことするかねー」
 お陰様でうっかり第二ラウンドの準備ができちゃったりしたが、これもっかいやったら海馬怒るかなぁ。ま、怒るに決まってるんだけど、取り敢えず今日まだ一度もしてないキスでお伺いを立ててみる。文句と喘ぎ声は、薄い壁でもコタツ布団でもなく、オレの口で遮っとこう。


the finis.

 一年ほど書いては没、書いては没を繰り返してたコタツ城海。お目見えできてよかったよかった……
 コタツエロは日本の冬のロマンですよね! コタツかがりとかコタツ隠れとか考えた人に敬礼!