ドミネーゼの誕生日
2009/10/25


「あら、静香ちゃんじゃないの」
「えっ?」
 振り返ると、そこにいたのはモデルもびっくりなスタイルの、海馬さんより背の高い、海馬さんの女の先輩だった。
「小百合さん」
「なーに、こんなトコでどうしちゃったの。普段こういうトコ来ないでしょ」
 こういうところ。私が今いるのは入り口にガードマンが立っている店ばかりがずらりと並ぶ通りだ。来てみたはいいものの一つお店に入るのにも物凄く勇気がいる。海馬さんたちにくっ付いて行ってこういうお店にも慣れたと思っていたけど、一人で入るのはやっぱり無理。だって、どう考えても気軽に店内を物色なんてできなさそうなんですもの。気軽に入って、気軽に出て、そういうのができないってちょっと怖い。
 目の前でキラキラのロングカーディガンに身を包んでいる小百合さんは、勿論海馬さん同様躊躇い無くお店に入って出てとできる人だけど。
「ええと、もうすぐ海馬さんのお誕生日じゃないですか。それで、何かプレゼントをと思って」
「あー、瀬人ちゃんのプレゼントね。もう買った?」
「いえ。まだ一軒のお店にも入ってないんです」
「あら、じゃあちょうどいいわ。アタシもプレゼント探しに来たのよ。一緒に回りましょ」
 そう言って小百合さんは私の腕に腕を絡めてきた。けど待って、私たちちょっと肩の高さが違い過ぎると思います!


 小百合さんに引き摺られながら向かった一軒目のお店は、海馬さんのおうちで見たことのある気がするロゴを掲げた宝石店だった。
「ほら、これなんていいんじゃない? 瀬人ちゃん絶対こういうの好きよ」
 指差されたブルーダイヤが照明を受けて目映い光を放つ。ええ素敵だと思います。海馬さんが好きそうな気もします。でも。
「あの……私、予算が……」
 私の中の常識と値札のゼロの数が二つ違う。海馬さんなら三つも四つも違うものでもぽんと買ってしまうんだろうけど、私がそんなことをしたら明日から生きていけない。
「あー、そうよねそうよね。瀬人ちゃんと一緒にいると感覚狂うけど、普通に考えたらコレは高いわよねぇ。アタシでも買えないわコレは」
 店員さんがコホンと咳払いをした。私と小百合さんと、二人で思わず顔を見合わせる。次の店に行きましょうかと、小さな声で小百合さんが耳打ちしてきた。
 そして次は向かいのお店へ。同じ宝飾品店だけど、さっきのお店とは違って、アクセサリー以外の小物も少し置いてある。この聖人のコインというのは何かのお守りなのかしら。とても綺麗なの。
「それはアレでしょ、旅のお守り。何かの映画で見たわよ」
「旅のお守りですか」
 それじゃあ綺麗だけどあんまり海馬さんには合わないわね。小旅行ならたまに行っているようだけど、旅って感じの旅に行ったっていうのは聞いたことが無い。
 他の展示ケースを覗くと、どれも綺麗なのだけど、あまり海馬さんの雰囲気じゃなくて、結局そこでも私たちは何も買わなかった。お店を出て、次のお店へ。同じことを何度か繰り返して、通りの半分くらいを過ぎてしまった。
「ちょっと休憩しない? ちょうど喫茶店があるし」
「そうですねー、疲れてきちゃいました」
 贈りものを選ぶのってどうしてこんなに難しいのかしら。相手が海馬さんだからっていうのもあるのだけど。
 喫茶店に入ると窓際の二人席へ案内された。紅茶とケーキを頼んで一息を付く。
「なんかいいの無いわねー。あっても、既に似たようなの瀬人ちゃんが持ってたり」
「うーん……いっそお花とか……」
 花束ならゼロの数に悩むことだって無いし、残るものじゃないから既に持ってるものと被る心配も無い。プレゼントとしては定番でもあるし。
「んー、花束はねぇ。それは駄目ねー。花束は毎年彼氏がすっごいの用意するから」
 海馬さんの彼氏というとモクバ君だけど。
「すっごいの?」
「真っ青な薔薇を筆頭に、まだ市場には出てない改良中品種で固めたヤツ」
「……それ、どうやって手に入れてるのかしら」
「研究施設持ってる企業の大株主らしいわよ。KCがじゃなくて個人的に。要は金の力ねー」
 あ、花束にもゼロの数が違うものがあったのね。きっと本当に凄いんだろうなぁ。海馬さんは偶に女心が解ってないなんて文句を言ってるけど、端から見てれば随分マメな部類よね彼は。
「お花も駄目なら何がいいんでしょう。アクセサリーもお洋服もいいのが見付からないし」
「この際録画忘れたとか言ってたドラマのDVDボックスでもいいんじゃない? 喜ぶわよ多分」
 べったべたの恋愛ドラマだ。喜ぶかもしれないけど。
「何か違いません? それ」
「やっぱり?」
 ふう、と二人揃って溜息を吐いたところへ、店員さんがワゴンを押してやってきた。私の前に苺ショート、小百合さんの前に洋梨のタルト、二人の間にティーセットを置いて戻っていく。
「あー、そうだ、ケーキでも作る? デコレーションをブルーアイズ仕様にして。絶対喜ぶわよ」
「あ、いいですねそれ! 当日はパーティですもんね」
「屋敷の方でも用意するでしょうけど、結構人数いるから一人頭で食べ切れないことは無いでしょ。よし、決まり! これ食べたらケーキの材料買いに行くわよ!」
 ケーキ。どんなケーキがいいかしら。ブルーアイズ仕様ということは真っ白なケーキがいいかしら。でも去年のクリスマスの時に海馬さんと小百合さんで作ったって言ってたようなのもいいわよね。あれ、凄く可愛かったもの。マジパンのブルーアイズがブッシュ・ド・ノエルで作られた巣の中から顔を出してたの。
「マジパンはね、アレ難しいわよー。アタシは、っていうか普通はあんな細かいの作れないから。あのブルーアイズは瀬人ちゃんの執念ね」
「執念ですか」
「執念も執念よ。そうねぇ、ドーム型のケーキに飴細工の羽が生えてるのとかどう?」
 想像してみる。半円のケーキに、きっと生クリームかホワイトチョコ辺りで真っ白にコーティングされてるのよね、そこに翼が生えている。……可愛い。でも。
「それだけだとウィング・エッグ・エルフに見えるかも。羽を後ろの方にして、前面に眼を付けません?」
「眼、ね。ブルーベリーか何かでいいかしら。もうちょっと明るい色の方がいいの?」
「普通ならブルーベリーでいいと思うんですけど、海馬さん拘りそうだからなぁ……」
 ケーキ作りの計画が着々と進んでいく。最終的に私たちが納得のいくプランを策定し終えたのは、日も暮れる頃だったのだけど!


the finis.

 静香ちゃん瀬人を考える。途中微妙にa violetの方の大人モク瀬人とリンクしてますが、同じ世界の話ではなく並行世界的なもののつもりです。瀬人が普通に普通な世界だろうとドミネーゼな世界だろうと、瀬人以外の部分がそんなに変わることは無いんじゃないかなと。私が足元の石を拾おうと拾わなかろうと明日も変わらず世界は存在するよのもうちょっと具体的な例? そういう感じです。