四年目の花束に添えて
2009/10/25


 付き合って四度目。何がかといえば、海馬の誕生日がだ。
 少なくとも金で買えるものには何不自由無く過ごしている相手に何を贈ればいいか悩んだのが一度目。そのリベンジを果たしたのが二度目。三度目は二度目と同じで、四度目、今年はどうすべきか。
 一度目も二度目も三度目も、オレがやったのは花だった。まだ赤貧学生だったオレは色水を吸わせようとして失敗した青白斑の薔薇を三本、働き出して生活がマシになったオレは成功した青薔薇を花束にして、そして借金の返済も終わりちょっとばかり余裕が出てきた今年のオレは。
 いや、ホント、何をやるべきなんだろうな。毎年花をやるのが約束みたいになってて、だから今年も青薔薇を作るのは決定なんだけど、生活にゆとりも出てきたことだし花の他にもなんか渡したいなとか思うわけだ。なんか、あとまでずっと海馬の許に残るようなのを。
 そんなことを考えて考えて考えまくって、考えてる最中に、一度目のプレゼント選びを思い出した。あの時もオレは悩みに悩んでて、学校で遊戯たちに意見を聞いたんだっけ。確か最初は遊戯がアクセサリーなんかどうかと薦めてきて、けどどんなアクセサリーがいいのか思い付かなくて、それでまた悩んだんだ。花がいいって言ったのは杏子と御伽だった。アクセサリーは趣味が合わないこともあるけど花なら大丈夫だろうからって。
 けど、今ならオレもあの頃より海馬の趣味を分かってると思うんだよ。だったら、アクセサリーでもいいんじゃねって思うんだよ。残るものならアクセサリーかなって、遊戯も言ってたし。なんかちょっと、贈りたいもの閃いちゃったし。
 そりゃオレが買えるようなアクセサリーなんて海馬から見たらおもちゃみたいなモンかもしんねぇけど、そこはほら、気持ちということで。


 で、オレは今雑貨屋にいたりなんかするわけだ。ヨーロッパの貴族とか出てきそうな感じの、アンティークショップらしい。本物のアンティークは予算を大幅に上回ってるから、オレが見てるのは『アンティーク風』の小物エリアだが。そこで、オレは二つのペンダントを前に迷っている。
 どっちも材質が銀で、ペンダントトップがロケットになってるってトコは一緒なんだ。光沢のある銀で直線的なデザインか、少し煤けたような銀で曲線的なデザインか。最初のはアンティークショップで売ってるにしてはシャープで現代っぽくて、あとのは優雅なお貴族様がしてそうってイメージがする。
 どっちがいいだろうなぁ。海馬は、割とどっちも好きそうな気がする。アイツ戦闘服はあの刺々しい鋭角デザインのくせに、私室はアンティークの塊みたいだし。
 あまりにも決まらなくて、もう一度他のやつも見て回る。けど結局その二つのロケットペンダントに目が行ってしまう。どっちがいいか。海馬がそれを付けてるところを想像してみた。背景とか、シチュエーションも込みで。
「スンマセーン」
 丸っこい方を手に取って、オレは店員のおばさんを呼んだ。どっちも似合いそうだったけど、どっちかというと戦闘服じゃなくて私服に合わせて欲しい。そんで、あのアンティークな部屋の馬鹿でかいお姫様ベッドの上で私服でなく素肌にあわせてくれたらもっと言うこと無いよななんて、まあ不埒な理由だよ。


 当日の昼、昨夜から色水を吸わせていた白薔薇も綺麗に青く染まって、オレは満足しつつそれを花瓶から取り出した。茎を濯いで外側のインク汚れを落とし、濡らしたキッチンペーパーとアルミホイルで花屋みたいに切り口を包む。白いラッピング用の不織布を全体に巻き付け、形を整えてから青いリボンで花束を纏めた。少し離して眺めてみる。よし、今年もなかなかいい出来じゃねーの。
 用意したもう一つのプレゼントは、紙袋の中でケースに収まり、こげ茶色の光沢紙に包まれている。こっちは買った時に包装までしてもらったんだ。紙袋もそのまま渡せそうなやつ。花束が青と白でこっちが茶色だから、ちょうど良く海馬カラーになっている。
 準備万端になったところで時計を見れば、もういい時間になっていた。うげ、と変な声が出る。今年の誕生日はちょうど日曜で二人とも仕事が無いし、折角だから早い時間から会うかって、言ったのはオレなのだ。
 ジャケットを羽織り花束と紙袋を引っ掴んで家を出る。自転車のカゴに花束と紙袋を入れて、海馬の屋敷までかっ飛ばした。


 勝手知ったるなんとやら、いつからかメイドさんたちが出迎えてはくれるが案内はしてくれなくなったため、一人長い廊下を歩いて海馬の部屋へ向かった。扉をノックすると入れって声が聞こえてくる。開けると、海馬がこっちに向かってきていた。
「早かったな」
「あれ? マジで? 出るの遅くなったから急いできたのに」
「急ぎ過ぎだ。まぁ、暇をしていたし早くて悪いということも無かったが」
 海馬はそう言うとオレを部屋の中へ招き寄せた。軽く腕を引かれて、思えばコイツも可愛いことするようになったもんだなんて気付いてみる。四年前はまだしてくんなかったよなぁ、多分。
「城之内?」
 感慨に耽ってると、いつの間にやら海馬が怪訝そうに眉を寄せこちらを見ていた。青い目がぱちりと瞬く。いや、と誤魔化そうとして、考え直し、誤魔化そうとしたのを誤魔化した。
「こうやってお前の誕生日を祝うのももう四回目なんだなーって。んで、オレもお前も四年で変わったよなぁ」
「あぁ……もう四年目か。そうだな、変わったかもしれんな」
 海馬はちょっとばかり性格が丸くなり、オレは何憚ることも無いクリーンな身の上になって、幸い酷い倦怠期にも陥らず、まあこれは最初が最初だったって話だが、恋人らしさという点でも、いい方に変わったなぁと思うわけだ。勿論変わらないこともあって、それはこういう誕生日を祝う習慣だとかなんだけど。
「まあなんつーの、色々変わったけど、コレばっかりは今年も変わらぬプレゼントってヤツで」
 青い薔薇の花束を差し出す。海馬の手がそろりと花に近付いた。ああ、やっぱりコイツが花束持ってると様になんだな。去年も一昨年も思ったことをまた思う。
「今回もお前が自分で?」
「そ。んで、これ。今年は、もう一つプレゼント」
 持っていたこげ茶色の紙袋を胸の高さに持ち上げる。海馬はそれがプレゼントだとは思っていなかったようで、ぱちくりと瞬きをしてから、花束を傍の椅子に置き紙袋へ手を伸ばしてきた。
「先に言っちまうけど、ペンダントなんだ」
「ペンダント?」
「ロケットになってて、中に写真とか入れられるヤツ。オレの写真入れて」
 結構、本気だ。冗談でなく。海馬の反応が鈍いから、伸ばしたままになっていたその手に紙袋を押し付けるようにして持たせた。
「あのな、なんつーか、お前のそれにオレは正直嫉妬しかけなわけ」
 海馬の胸元を指差す。カード型のロケットペンダント。中身は最近可愛くないお年頃に差し掛かりつつある海馬の弟の可愛かった頃の写真だ。
「……は?」
 海馬が思いっ切り眉を寄せた。
「あ、いや、嫉妬ってそういう意味じゃなくて。絆の強さとかそういうのが羨ましいっつか」
「あぁ……お前だってパスケースに妹の写真を入れているだろう」
「う、ん、でもパスケースって身に着けるモンじゃねぇじゃん。感覚的にさぁ、ほら」
 それはそうだがと呟いて海馬は顎に手を当てた。海馬はオレの言う感覚による嫉妬の境界線を大真面目に考えてるんだろうが、多分、端から見ればオレたちは五十歩百歩だ。何分オレと海馬のことがバレた瞬間の本田の言葉はこうだった。ああ、ま、ブラコンとシスコンでちょうどいいんじゃね? 失礼にもほどがあんだろー、反論できなかったけどな!
 オレが半年くらい前のことを振り返ってる内に、海馬は結論を出したようだった。紙袋からラッピングされた箱を取り出し、丁寧に金色のシールを剥がす。
「腑に落ちない点はあるが、これを着けること自体は嫌ではないな」
 白い指がケースを開け、銀のチェーンを摘み上げる。海馬は鏡の前へ行って、それを首元に当ててみせた。
「悪くない。……が、写真を入れろと言ったな?」
 うん、と頷く。写真、聞くってことは入れてくれる気あんのかな。それか、着けるのはいいけど写真は嫌だとでも言うんだろうか。ああ、海馬ならそっちの方がありそうだ。性格は丸くなったけど、基本的に、コイツはヤなコトはヤだって遠慮無く言う。
 けど、嫌なのかと聞いてみれば返事は意外だった。
「そうではない。着けることと同じだ。それ自体は嫌ではない。だが、何故、ペンダントが一つなんだ」
「へ? なんでって」
 そりゃ今日がお前の誕生日でそれがお前へのプレゼントだからだよ。何が問題なのか解らずそう言ってみたら、海馬はほんのちょっと、拗ねるみたいに唇を尖らせた。
「オレだけが写真を持って何が楽しい。お前はオレに片思いの少女の真似ごとでもさせる気か?」
「あ、あー、そういう意味か」
 海馬がオレの写真持ち歩いてくれるなら、オレはそれだけで楽しいけどさ。確かに、海馬の言いたいことも解らんではない。
「こういうのは揃いにするものじゃないのか。だいたい、お前が羨ましいと言ったこれとて」
 ロケットの中の人物とお揃いだ。そうだよなぁ、一人で着けるの虚しいだろとかお揃いいいよなとかどっかで思っとくべきだろオレ。
「なんかお前にプレゼントー、と思って選んでたらそこまで頭回んなかったわ。あ、でもさ」
 唐突に名案が浮かんできて、オレはぽんと手を打った。そうだよ、思い付かなかったのってこれを海馬に頼むためじゃね? 思い浮かばなくて正解だったんだ、うん。
「オレはお前へのプレゼントを選びたかったんだから、やっぱオレが用意したのはお前の分だけでよかったんだよ。でさ、お揃いっつってもデザインまで一緒じゃなくていいじゃん。ペンダントじゃなくてもいいや。けど写真が入るってトコは一緒な。そういうのを、今度はお前がオレに選んでくんねぇ?」
 名案だろ。自分が悩んで選んだみたいに、一生懸命どれが似合うだろって考えてもらえたら、それってスゲェ嬉しいじゃんか。
「二人で写ってる写真撮って、オレの誕生日に、お前が選んだヤツにその写真の半分を入れてくれよ」
 海馬の誕生日からオレの誕生日まで、きっかり三ヶ月。長いような、でもなんだかんだであっと言う間のような、そんな期間だ。約束をするにはちょうどいい長さかな、なんて思う。海馬はいいだろうと頷いた。頷いて、それから椅子に置いてあった花束を再び手に取った。
「お前が、これを始めて持ってきた時。オレは、この関係が四年目を迎えるとは思っていなかった。長いものだ、本当に」
 青い花びらを海馬の指先が撫でる。
「まだら、薄い色、三年目に漸く成功だったな。花の数は毎回増え、そして今年はこれも付いてきた」
 花束を抱えているのとは逆の手で、海馬は銀のペンダントチェーンを手繰った。しゃらしゃらと音が鳴る。
「花という条件があるだけに、次がどうなるのか具体的な想像を立てられ、待つのが毎年楽しみだったのだが。今度はお前がその気分を味わうわけか」
 三ヵ月後を楽しみにしているがいい。海馬が口角を小さく吊り上げる。機嫌良さそうというか得意そうというかちょっと意地が悪そうというか、そんな顔も可愛く見えるなんて。
「楽しみにしてんよ、マジで」
 これから三ヶ月、気もそぞろな日々を送れそうだ。


the finis.

 三年目飛びましたが四年目でした。話としてはひと段落。
 ところでブラコンとシスコンでちょっとアレなお兄ちゃんズが好きです。パスケースはアニメ王国編ネタ。