Well, who is his Santa Claus?
2009/12/24


「今日は駄目だ」
 イブの晩、ベッドに座っている兄サマの隣へ腰を下ろして、何だかんだと喋りながら間を詰めて、まあつまりそういうことに持ち込もうとしたところで、唐突に制止を喰らった。
「何、体調悪い?」
「そういうわけではないが」
「そういうわけじゃないのにイブに駄目って言うの結構酷くない?」
 明日の朝が特別早いのでもない。他社の社交パーティへは呼ばれているが、それも夕方からだ。断られる謂れが無い。
「明日なら幾らでも付き合ってやる。が、今日は駄目だ。イブだからな」
「イブだから駄目って、わざわざ言い直さないでよ」
 拗ねてみせると兄サマがけらけらと声を立てて笑った。機嫌はいいらしい。
「何故、イブが駄目だと思う?」
 問われて考える。明日ならいいということ、今日とてどこかで別の誰かと過ごすわけではないということ、その二点のお蔭でオレの思考は一応の冷静を保っていた。今日は駄目で明日は外泊するなどと言われた日には嫉妬で狂いかねないが、その類の理由ではないのだ。
 だが、だとしたら余計に、イブが駄目だという理由が解らない。スケジュール的な不都合は無く、誰か別の人間に情を移したわけでもなく、最初に確かめた通り具合が優れないのでもない。
「解らないよ。どうして今日が駄目なのさ」
 白い頬にくちづけた。それは拒まないらしい。
「簡単なことだ。少し、童心に返ってみろ」
「童心?」
「サンタクロース」
 いやまさか。童心に返るにしたって、大人のところにプレゼントを届けに来るとは思えない。サンタクロースがやって来るとしたら子供のところだ。今現在、この屋敷にサンタを信じる年の子供は存在しない。子供の判定を大層甘くしても、この屋敷に未成年は存在しない。オレは数年前に、兄サマは更にその五年前に、成人しているのだから。
「毎年届く」
「本気で言ってる?」
 無論、と兄サマが頷く。
「十六の時からだな。毎年、クリスマスの朝に目を覚ますと、必ず枕元に置いてある。思えばもう十年以上か。長い習慣だ」
「オレ、それにどこから突っ込んだらいい?」
 十六の時からというのもおかしければ、いまだに届くというのも不可解過ぎる。普通は、十六かもっと前の頃に、やめられている筈の習慣だ。子供にのみ届けられるプレゼントが、何故高校になってから届き出し、しかも成人してなお届き終わらないというのか。確かに兄サマはネバーランドに生きてる節があるけれど、使用人すらそう言ってるけれど、それにしたって。
「オレも、最初はおかしいだろうと思った。十六だぞ。それも、前年まではそんなもの無かったというのに」
 十六の前年といえばちょうど兄サマが一本プッツンしてた時期だ。その前はまだ剛三郎が存命であったから、前年まで無かったというのは解るといえば解るのだが。あの時期に兄サマのサンタになろうなんて思う勇気ある人は、幾らこの屋敷の使用人でもいないだろう。
「まあ、それで結局誰がプレゼントを置いてるの?」
 オレの質問に、兄サマは事も無げに、知らんと答えた。
「知らんって。確かめてないの?」
「確かめようとはしたさ。翌朝誰だと聞いて回った。だが、誰に聞いてもサンタクロースが来たんでしょうの一点張りだ。何がサンタだサンタだと言うなら去年まで無かったのに何で復活してるんだと、そうも言ってみたが」
「が?」
「良い子のリストに名前が戻ったんでしょう、だと。雇用主に対してその嫌味はどうなんだ」
 気持ちは解る。非常に解る。兄サマのではなく、それを言った方の。オレはいついかなる時でも兄サマを好きだったけど、今に至っては家族愛を飛び越えて愛してもいるけど、それでもそれはフォローし切れない。幾ら事情があったにせよ、無関係な人間まで巻き込んでの殺人プランはさすがにない。情状酌量し切れない。兄サマに直接言うのは、色んな意味で凄いなとは思うけども。
「それ言ったの誰?」
「磯坂」
 家政婦頭だ。いまだに兄サマのことを瀬人お坊ちゃまと呼ぶ時がある。
「あー、オレのサンタは多分彼女だったよ。最近はもう来ないけど」
「来ないのか。というか、何故磯坂だったと分かってるんだ」
「え、それはほら、寝た振りとか」
 サンタが実在しないと知って、多くの場合サンタは親だったということになるのだろうがオレの場合その可能性は限りなく低く、ならいったい誰なのかと気になるのは当然だろう。気になって、正体を知ろうとするのも。
「オレのサンタは絶対に尻尾を出さん。寝た振りをしている間は来ないし、不思議なことに――というか何か仕組まれている気はするんだが、徹夜で朝を待てた例も無い」
 最近はもう無理なようだが、以前は二徹三徹も当たり前だった人だ。
「食事か催眠ガスか……他に何かあるっけ」
「さぁな。隠しカメラを仕掛けてみても写らないし、徹底し過ぎだ」
「カメラに気付いて避けられるところまでいくともうプロだよね。警備の誰かじゃないの?」
 誰にも見咎められずに兄サマの部屋までやってこれるとなると磯野か河豚田か。ただ、彼らにサンタクロースの真似事なんて洒落た心があるかどうかが問題だが。
「兄サマの部屋に出入りできて、隠しカメラに気付けて……ああ、大門辺りも怪しいな。毎日兄サマの部屋に入ってるわけだし、カメラ設置でものの配置が変わってたら勘付きそうじゃない?」
 兄サマが洗顔から髪のセットから着替えから、それはどうなんだろうと思うほど何から何まで手伝わせている執事なら、兄サマの考えることなどお見通しでもあろうし。
「同じ観点でいくと掃除に来てる磯坂もやっぱり怪しいか。けどオレのところにはもう来てないしなぁ」
 呟いていると、まぁ、と兄サマがオレの言葉を遮った。
「最近は誰でもいいかと思い出しているんだがな」
「へぇ?」
「この部屋へ入ってこられるということは大門か磯坂か磯野か河豚田か、その辺りの線が濃厚で、あとはあいつらが目溢しをしそうな人間など限られている。だというのにその誰に聞いてもサンタクロースでしょうとしか言わないんだぞ。奴らの誰一人邸内のサンタの動きに気付いていないなどあり得るか?」
「あり得ないね」
 夜間に来ているなら夜間警備の人間は姿を見ているだろうし、早朝ならもう大門や磯坂が起きてこちらの翼にいる筈だ。
「口止めか共謀か、どちらにせよそこまで徹底したいのならそういうことでもいいさ」
「サンタクロースということで?」
「あぁ。毎年、実際そうかと思うくらい心得たプレゼントでもあるしな」
 兄サマが机の上を指す。
「あそこの万年筆は去年の分だが、ちょうど気に入りのを駄目にしたところだった」
 年末商戦が明けて暇になったら同じ工房に注文しようかと思っていたらしい。
「そこのパウダービーズクッションは一昨年か。元々欲しかったんだが、パウダービーズのクッションが欲しいとは言い辛いだろう」
「まあ兄サマのイメージじゃないよね、パウダービーズ」
「注文するのも買いに行くのも躊躇っていたらサンタが持ってきた」
 あれもこれもと兄サマが部屋の中を指差して回る。兄サマが気に入って使っているものを指して回る。
「全く、オレのことを理解しているにもほどがあるサンタクロースだ」
「確かに。今までハズレは無し?」
「そうだな……無いな。毎年、クリスマスの朝に包みを開けて、いいものが来たと思う」
「それ、地味に凄いよね」
 だってもう十年以上だというのだから。十年以上も、毎年、よくこの趣味に煩い兄サマが喜ぶようなものを見付けてこられるものだ。
「案外、本当に本物だったりしてね。オレももう一回くらい信じてみようかな」
「サンタクロースを? 今更だな。大人のところには来ないものだ」
「兄サマのところには来てるじゃない」
「来ている、が。この間オレをピーターパン呼ばわりしたのは誰だ?」
「オレ? というか皆に言われてるよね」
 使用人は言わずもがな、経済誌やデュエル関連の雑誌にまで書かれていたような覚えがある。海馬ランドは海馬瀬人のネバーランドだとか。デュエルはそもそも通り名が貴公子だ。遊戯が勝ち逃げしているから王は使い辛いのだとしても、貴人なり貴顕なり、何かあるだろうに。
「オレはピーターパンらしいからな」
「永遠の子供? そんな兄サマだからサンタもプレゼント打ち切れないんだろうね」
「だろうな。打ち切るタイミングを逃し続けて、いつまでここへ来ることやら。そろそろ潮時かとは思うが」
「そんなこと言って、来なくなったら淋しいんじゃない?」
「かもしれん」
 言いながら、兄サマはちらりと時計を見た。もうじきイブからクリスマスになる時間だ。
「それじゃ、仕方ないから今晩はサンタクロースに譲るよ」
「そうしてくれ」
 立ち上がると兄サマもベッドを降りた。扉まで見送ってくれるらしい。
「ところで、今思ったんだが」
 扉を開ける直前で兄サマが動きを止める。何をと聞くと、サンタクロースの件だという。
「お前ということは無いだろうな?」
「まさか。十六の時からでしょ? その時オレ幾つだったと思ってるのさ」
「あぁ……まぁ、そうだな。信じる信じないは人それぞれの年としても、オレに全く気取られずというのは無理だったろうな」
 兄サマが開けるのをやめた扉のノブに手を掛ける。
「おやすみなさい。サンタクロースに宜しくね」
 頬の上にキスし合ってから部屋を出た。ちょうど、閉まる扉の向こうから、十二時を告げる鐘の音が漏れている。クリスマスだ。兄サマの枕元にプレゼントが届くまであと少し。
 さて、サンタの正体は誰だろうね?


the finis.

 クリスマスだからいつもと違う感じでと思いました。で、大人モク瀬人で会話テンポが速いの書いたこと無かったなぁと。あと字の文で兄サマと書いてみたりとか、ちょこちょこ普段しないことしてみました。
 因みに、瀬人のサンタの正体に関してはご想像にお任せです。私も誰か決めてないというか、誰なんだろうなーと思いながら書いてました。想像の数だけの真相があればいいと思います。