世界よ、光に満ちたものよ
2010/2/21


 目が覚めて、横に眠る男の顔を見た時、漸く夜が明けたのだと知った。

 部屋の中はまだ暗いが、カーテンの隙間から入り込む弱い光で辛うじて、隣の男の髪が明るいカナリア色であると判る。時折震える瞼の下には鳶色の瞳が隠されている筈だ。意志の強さが見え隠れする、表情豊かな瞳が。
 ぴくり、と、また瞼が震える。夢でも見ているのだろうか。夢を見ているのなら、その夢の中に自分はいるのだろうか。穏やかな顔で見るその夢の中に自分がいるなら。
 こんなことを考える日が訪れるとは思っていなかった。抱き合った相手の眠りを眺め、その夢の中に入り込みたいと願う日が訪れるなんて、欠片も思っていなかった。
 だが、きっと、この奇跡のような朝を、自分はずっと待っていたのだ。強くなれと言われ、自分でもそう在ろうとし、人など信じない、自分は一人でも頑張れるのだと、そう心に言い聞かせながら。多分、ずっと、待っていたのだ。

 絶望の底を見たと思ったこともある。そんな時でさえ、これはどうせいつか終わることなのだと、自分の力だけでどうとでもやり過ごせるのだと、そう考えていた。
 間違っていたとは思わない。実際にそうだった。才能でも容姿でもよく回る口でも、この世界に必要なものは全部持っていたのだから、一人でだって生き抜けないわけがない。
 生きることと生き抜くことの違いなんて初めて知った。自分が誰かに寄り掛かりたかったことなんて、初めて、知った。

 起こさないように、声を潜めて名前を呼んでみる。少し弧を描いた口元が、まるで返事をされたかのようだ。
 足元に丸まっていたシーツを一枚剥いで羽織り、そっと寝台を降りた。差し込む光の色を強めつつある窓辺へ近付く。カーテンを開けると、一面張りのガラスの向こうで、太陽が昇り始めていた。
 空が白んでくる。雲間からの光に、暗さに慣れていた目が眩みそうだ。
 照らし出される木々からシルエットの鳥が飛び立つ。どこかで犬が遠吠えをしているのが聞こえる。
「海馬」
 突然肩に温かなものを感じて、一瞬、何が触れたのだろうと思った。
「起きたのか」
「だってお前いなくなんだもんよ。寒くてそりゃ目も覚めるって」
 肩に置かれた手が、滑るように下りて腰へ回った。背後から抱き締められる。
「てか服も着ねぇで何やってんの? 外から見え――ないけど風邪引くぞ」
 屋敷とも呼べるこの家の庭の広さに思い当たったものか、途中で言い換えられた言葉にほんの少し笑いが漏れた。風邪も引かないだろう。背中が温かい。
「外を見ていた」
「外?」
「夜とはこうして明けるものかと」
 肩越しに、かさついた唇が頬へ押し付けられた。
 どうして通じるのだろうな。真っ暗だった場所に光が差して、苦しみが喜びに変わって、人を信じるという強さを見付けることができた。そういう、満たされた気持ちのことだと。
 鳶色の瞳に自分が映っている。友情を指して『見えるけど見えないもの』だと言ったのは彼だったか。きっと、友情に限らないのだろう。目に見えないものを読み取ること全般に、この瞳は優れているのだろう。だから、口にし切れなかった感情も、彼には通じるのだろう。
「城之内」
 囁くように名前を呼んでみる。
 世界がこんなに明るいものだとは知らなかった。一人で立つ以外にも強く在る方法があるなんて知らなかった。自分が誰かに寄り掛かりたかったのだなんて知らなかった。たった一人の、男と言うより少年と言った方がいいような、地位も立場もない身一つの人間に、全部教えられた。
 囁くように名前を呼んでみる。窓から差し込む光に目が眩みそうだ。背中が温かくて、触れられていることが信じられないほど心地好い。

 眩む目を開けて、肩口に乗せられた男の顔を見た時、漸く夜が明けたのだと知った。


the finis.

 なんか雰囲気で読んで欲しい感じの城海でした。瀬人一人称は凄く久し振りに書いたかもしれません。ツンデレを一人称で書くとデレ駄々漏れで可愛いかもしれない……
 (初出2010/2/21・再掲2010/4/4)