割れ鍋と綴じ蓋的恋愛
2010/4/25


「あ。コレ、オレも出てんだぜ。海馬知ってた?」
 付けたばかりのテレビを指差し城之内が兄サマに問う。画面に映し出されているのは今月の初めから一部劇場で上映されている映画のコマーシャルだ。マイナーな製作会社が駄目もとで兄サマにドキュメンタリを作りたいと依頼し、兄サマが協力はしないが勝手にしろと適当な返事をしてしまい、その結果周囲の人間ばかりがピックアップされた妙な映画が出来上がったのだが、そのピックアップされた中に城之内もいたというわけだ。
「モクバも出てんだよな。すっげ真面目に会社の方針がどうとか株がどうとか話してんの」
「上映開始から今日までに福祉事業部へ届いた問い合わせ約三百件、株価プラス百二十八円。やー、有り難いよね」
 真面目にもなるというものだ。こうなることくらい予想できていたのだから。
「兄サマも出演してくれたらもっと良かったのに。過去の映像使い回しだけなんてさー」
「あー、でも、あれ結構いいこと言ってたらしいじゃん。下手に出演させて話がデュエル一色になるよりよかったんじゃね?」
「えー……そうかなぁ。兄サマだって話す内容くらい時と場所を選ぶって。というかさ、アメリカでの会見引っ張ってきたから仕方ないけど、あれ英語でしょ。同じ内容を日本語で喋り直すだけでもよかったと思うけど」
 上映は日本なのだし。せめてテロップで日本語訳が流れればよかったけども、大人の事情でそれもなかったのだ。
「日本語で、ねぇ。ま、そうだよなー。何言ってんのかオレ全然解んなかったもん。何言ってたわけ? アレ」
「んー、要約すると、子供が夢を見られる世界を作りましょう、かな。カットされた部分ではもうちょっと商業的なこと話してた筈だけど」
「商業的?」
「そういう世界を作るための事業をやってるのがうちの会社だ、賛同するなら株を買え。を、もうちょっとオブラートに包んだ感じ」
 城之内が爆笑した。映画が気に喰わないのかオレたちの態度が気に喰わないのかさっきから会話に参加せずPCに向かってた兄サマが、声に釣られたのかやっと顔を上げる。
「相っ変わらず子供にしか優しくねーなー、お前!」
「何か文句があるか」
「あるあるありまくりだって。その優しさの一万分の一でもオレに回せよ」
 城之内がそう言うのも解る。兄サマの城之内に対する扱いは、はっきり言って酷い。呼び名は負け犬馬の骨雑魚凡骨、最近は凡骨が割合の大部分を占めるが、どれが定着しようと大して変わらないだろう。この扱いの酷さだ、城之内が言うことは解る。が。
 解らないのはこれでこの二人がなんの間違いか付き合ってるということだ。兄サマはちょっとそっちの気があるようだったし、城之内は流されやすいみたいだから、それは納得するとしても。二人とも、人選おかしくない? 雑魚だ凡骨だ馬鹿にしてるような相手で、馬鹿にしてくるような相手で、お互い、いいんだろうか。
「いっつもいっつも凡骨だなんだってさぁ。もうちょいオレにも優しくしてみねぇ?」
「オレに勝てるデッキを組むか子供になるかしてから出直してこい」
 特に城之内に聞きたい。いいの? それで。オレなんか、兄サマは一回くらい振られてみたらいいんじゃないかとさえ思うんだけど。


 そんなことがあった数日後、鬼残業を終え開発室から出てきた兄サマと揃って戻ると、屋敷の中が尋常じゃない空気に包まれていた。
「何、どうかしたの、この騒ぎ」
「あぁ、お二人とも! どう致しましょう」
「何をだ」
 報告は簡潔かつ明瞭に。普段は徹底されているそれが崩れていて、彼女らの慌てようが分かる。少し苛ついた様子で説明を求めた兄サマに、すぐ我に返ってはいたが。
「何をと申しますと、ご覧頂くのが早いかと存じますが、一時間ほど前、屋敷の前に子供が一人現れまして」
「兄サマのファン?」
「いえ、それが、そうではなく、ここを自分の家だと言い張る子供でして」
 単純に迷子か、裏に大人が付いての金目当てか。後者だったら面倒だなと思っていると、彼女はとにかくその子をご覧下さいとオレたちを応接室へと促した。そして、まあ、彼女の歯切れの悪さをオレは理解した。
 どことなく城之内に似た薄い茶髪の子供が、応接室のソファにボロボロと食べかすを零しながらクッキーを齧っている。年は下に見積もって小学校に上がったばかり、上に見積もっても三年生くらいだろう。
「……兄サマ子供生めたんだ。っていうか何この成長速度」
「生めるか。よしんば生めたとして、こんな年の子供がいて堪るか」
「でも髪の色とか、兄サマと城之内足して二で割ったらあれくらいじゃない?」
「あんな真っ黄色の頭が地毛な筈無いだろう」
「うん。だよね……」
 ありえない。しかし子供はオレたちに気付くとぱあっと顔を輝かせてソファから飛び降り、その勢いのまま兄サマの足にしがみ付いた。迷子が親を見付けたみたいな、そんな様子で。
「おかえり!」
「あ、あぁ……?」
 混乱しつつも、兄サマは取り敢えず迷子扱いの対応をすることにしたらしい。子供を足から引き剥がし、しゃがみ込んで目線を合わせながら、その子に名前を聞いた。
「名前? かつや!」
 それはもう元気いっぱいの返答だった。かつや。克也? いや、でも、まあ、よくある名前といえばよくある名前だ。
「名字は? 言えるか?」
「うん。じょうのうち」
 兄サマが数秒固まってから立ち上がった。そして後ろのメイドたちを振り返る。
「今年のエイプリルフールは随分と手が込んでいるな。普段真面目なお前たちでもこんなジョークを仕掛けられるとは、感心したぞ」
 エイプリルフール。ああ、そっか。エイプリルフール。
「いやいやいや兄サマしっかりして! そんなのとっくに終わってるから! 今日何日だと思ってるのさ!」


 それから数時間。今になってみれば、兄サマには現実逃避を続けててもらった方がよかったかもしれない。遊戯の所為で認めないながらもオカルト慣れしていた兄サマは、うっかり状況を受け入れ、現在寝てしまった子供を膝枕というべったべたの甘やかしモードである。
「兄サマ、どうするの? この状況」
「どうするもこうするも。さっきは混乱が勝ったが、落ち着いて考えてみると都合がいいと思わないか」
 都合。城之内が子供になったのは確定として、曲がりなりにも付き合ってた筈の相手が子供になってしまってどんな都合がいいのか。どちらかというと不都合の方が多い気がするのはオレだけだろうか。
「ねぇ兄サマ、都合って、何……?」
「……逆紫の上的な……」
「兄サマまだちょっと混乱してるね! あと自分で逆とか言うのやめてね本当!」
 知ってるけど。知ってるけど、薄っすら気付いてる程度の認識でいたい。身内の生々しい話とか聞きたくない。
「だ、だが、子供の頃から鍛え直せば一流のマナーを身に着けた理知的社交人かつ最強のデュエリストというのも夢では無いかも……」
「元の城之内が跡形も無いよそれ!」
 確かに好きで付き合ってたって相手に直して欲しいところの一つや二つあるだろう。でもそこまでいったらもはや別人だ。
「兄サマ城之内のどこが好きで付き合ってたのさ……」
「顔とあ、あー……」
「一応聞くけど普通に付き合ってたんだよね? 断じてセックスフレンドとかじゃなかったよね?」
 当たり前だろうと兄サマが答えるけど、兄サマの言動が当たり前じゃない。
 それにしても、城之内がなんだってこんなことになってるのか知らないけど、こんなことを出来る人間は限られている。これが現実の世界だとして、例えば遊戯、獏良。いつの間にかヴァーチャルリアリティの世界に入り込んでしまっているとして、うちの開発室、他社の技術者。オカルトか陰謀か。ヴァーチャルにしては世界の出来が良過ぎるし、遊戯たちのような気がする。
 早く元に戻してくれないかな、これ。放っといたって、遊戯たちが城之内を子供のままにしておくわけないとは思う。でも、これ、城之内が子供の間に起きたことが元に戻っても影響あったらって考えるとさぁ。
 ごめん、城之内。オレには兄サマを止めるとか無理。次に元の城之内と会う時には別人かもしれない。
「スパルタはあんまり良くないと思うなぁ……」
 せめて刺せるだけの釘は刺しておくけど、本数が少なくて頼りないのは本当にごめん。


 でもまあ、そんなに心配することでもなかった。というのも城之内はオレたちの想像を遥かに超えて我の強い子供だったのだ。マナーや勉強を教えようにも一瞬で部屋を飛び出すし、クラシックを掛ければ寝る。デュエルには興味を示したけど、これは強くなって困るものでもないし、性格に影響するとは思えないからいいとして。
「あれが成長してほんのちょっと落ち着きを手に入れるとあの城之内になるのかぁ。割と想像付くよね」
「くっ……今日も逃げられた……っ」
「そろそろ諦めなよ。人には向き不向きがあるんだって」
 だいたい一流のマナーを身に着けた理知的社交人な城之内なんて違和感しか無い。ちょっとガサツでデリカシーが無くて結構馬鹿で見るからにヤンキー崩れな方が城之内らしい。並べ立てるとアレだけど、それが城之内だろう。並べ立てるとアレだけど。うん、でもいい奴だよ、いい奴。それに、なんていうか、割れ鍋に綴じ蓋?


 夕食の時間になると勝手に戻ってくるのも城之内らしい。元の城之内もうちに来るのは夕食時が多かったな、なんてどうでもいいことに気付いてみた。
 出された料理を音速で食べて、更におかわりだ。本当によく食べる。いつもの城之内ほどじゃないけど。元の城之内はカラも大きいし肉体労働してるし、それと同じくらい食べられたら驚くが。
 食事のあとは兄サマの部屋で少し怠惰に過ごしてから入浴だ。兄サマと子供になった城之内は一緒に入り、オレは二人が上がってくるのを部屋で待つ。なんで待つのかっていったら、びしょ濡れのまま飛び出してくる子供を捕獲しないと兄サマの部屋の被害が甚大なことになると初日に分かったからだ。アンティークと電子機器に溢れたこの部屋は、この上なく水害に弱い。初日に濡らされたヘップルホワイトの座面は革が縮んで戻らないし、フラッシュメモリのデータは飛んだ。
 ヘップルホワイトはまだいいよ。座面なんか張り替えたらいいんだから。フラッシュメモリは、まだ兄サマの頭の中にしかバックアップの無かった計算式が入ってたのに。
 ともかく、そんなわけでタオルを持ってスタンバイがここ一週間ほどの習慣だった。今日も同じようにしてオレは兄サマの部屋で子供が飛び出してくるのを待っている。浴室からはぎゃあぎゃあと騒ぐ声が聞こえていて、これもこのところは毎日のことだ。
 毎日のこと。だけど、そういえば、さっきから何か違うような。
 耳を澄ませてみる。兄サマが何か言っているようだけど、内容までは聞こえない。それに答える声がして、オレはそこで何が違ったのかに気付いた。
 城之内が、元に戻っている。多分。聞こえてくる声が子供の高い声じゃなくて変声期後の低い声になっている。
 何が切っ掛けで戻ったんだろうな。兄サマが犯罪者になるようなことじゃなきゃいいけど。逆紫の上はそういう意味じゃちょっと危険思想だったけど。
 そんなことを考えていると、ふいに浴室が静まり返った。そして、あれ、と思う間に響いてきた。兄サマの声が。どんな声だったとは敢えて言うまい。まあ、一週間って結構長いよね。
 ともかくタオルを持って待っている必要も無くなったようなので、オレは自分の部屋に戻ることにしよう。精々上がってから聞こえてたのに気付いて気まずくなればいいよもう。


「で、結局なんだってあんなことになってたのさ」
 問うと、すっかり元に戻ったヤンキー崩れがへらりと笑った。
「やー、なんかさ、こないだオレにも優しくしろよってった時、海馬が子供になって出直せとか言ってたじゃん。だから子供になって出直してみたんだよ。遊戯に頼んだら結構簡単にやってくれたぜ」
「ああ、そう……」
 確か、オレの記憶がおかしいのでなければ、兄サマは『オレに勝てるデッキを組むか子供になるかしてから出直してこい』って言ってたけどね。デッキじゃなくて子供にいくんだ。そっちなんだ。
「で、子供になって出直した感想は?」
「それがあんま覚えてねぇんだよなー。一緒に風呂入ってたのは覚えてるけど」
「それ、覚えてるんじゃなくて知ってるだけじゃないの? 元に戻ったの浴室でしょ」
 細かい話は聞いてないし聞きたくないが、この声が聞こえてたんだから戻ったのは間違いなく浴室だ。
「あー、そうかも。よく考えたら戻ったあとのことしか思い出せねぇわ。折角子供になってみたのにな」
「残念でした。でもさ、どっちかというと覚えてなくて良かったんじゃない? 変に覚えてるのも心苦しそう」
「……オレ、なんか心苦しくなるようなことした?」
 普通の子供だっただろ、と、実際の子供時代を思い出してか城之内が言う。確かに、グレたという年代にはまだ遠そうだったし、攻撃的でも内向的でもなく、お願いだから過去には触れないでとなるような子供ではなかったけど。
「まあ普通だったよ。ちょっと元気過ぎて兄サマお気に入りのヘップルホワイトを駄目にしたり、次の日開発室に持ってく予定だったデータの入ったフラッシュメモリを水没させたりしたこと以外は」
「ええと、へっぷる……?」
「兄サマの部屋のアームチェア」
 げっ、と城之内が呻いた。お気に入りだったのを知ってるんだろう。怒ってると思うかと聞いてきたが、それにはさすがに日も経ってるしもう怒ってないんじゃないのと返しておく。だいたい子供のやったことだ。
「あーあ、マジでなんも覚えてねぇな。つまんねぇの。まあ、戻ってみたら熱烈歓迎だったのは得した気分だったけど」
「だからそういう話はさぁ」
 オレにしないでよ。言うと城之内が慌てた様子で否定する。
「ちょ、ちが、そっちの意味じゃなくて!」
「え、浴室で戻った時の話じゃないの」
「ちげぇよ! そっちは、その、まあ、そっちもだったけど。そうじゃなくて、そのあとっての? その瞬間じゃなくて、それから数日の午前日中含めた話だよ。なんつーか、ちょっと優しかった、てか甘えてきてた、気がする、かも?」
 語尾に行くに連れて自信が無くなっていってる。熱烈歓迎じゃなかったのか。城之内の熱烈の閾値が低いのか兄サマの普段が悪いのか。普段に比べたら熱烈歓迎、なんだろうけど。
「兄サマもあれで一応はちゃんと好きってことかぁ」
 扱いは悪いし、どこがいいのかと聞けば顔だとかなんだとかが真っ先に出てくるし、第三者の目から見ると惨憺たる状態だったとしても。案外、兄サマはあの通りの人だし、第三者がいると果てしなく素直になれないというだけのことかもしれない。
「今度は子供になる方じゃなくて兄サマに勝つ方向性でいってみたら? それなら闇の力も何もないんだから確実に覚えてられるでしょ」
「んー、そうすっか。そういや最近使えそうなコンボがぽこぽこ思い付くんだよな。本気でデッキ組んだら結構いけっかも」
「……へぇ、そうなんだぁ」
 兄サマがスパルタを強制実行しなくて本当に良かった。また会えて嬉しいよ、ちょっとガサツでデリカシーが無くて結構馬鹿で見るからにヤンキー崩れな、城之内。
 でもさ、言わないけど、それ多分勝てないよ。だってそのコンボを考えて教えたのは兄サマだもの。


the finis.

 150000代打リクエスト企画より。リクエスト数一位のカップリングに来たリクエスト(特殊系ネタは別集計)を全部ミックスして一つの話にする、という企画でした。来たリクエストは以下の通り。

・どちらかが変態で、もう一方が無垢な城海
・城海で何故か小学生くらいになってしまった城之内に振り回される社長
・エイプリルフール関連の話(エイプリル企画*pc*mobiの映画を絡めた話)
・器の大きい城之内で城海

 どちらかが変態、瀬人の方をチョイスしてみました。しかし変態というか好きモノというか変人のような気がせんこともない……あと城之内君は器が大き過ぎて涙出てきます。あれだ、器を大きくすると同時に瀬人もデレ過分にしないと飼い主と犬の図に。
 でも瀬人は二人切りの時だとそれなりにデレてるんですよ……! 元祖ツンデレ!