荷が重い
2010/5/8


「ねぇ、アンタさ、片想いでもしてるの?」
 お昼休み、今日のお弁当持参組は二人だけ。購買組が戻ってくるのを待つ間にちょっと聞いてみると、まぁ分かりやすいくらいに大袈裟に、擬音を付けるならぎくりと、城之内が肩を揺らした。
「な、なんだよ、杏子。急に」
「んー、なんか、アンタの指が最近やけにジャラジャラチャラチャラしてるから」
 意外というかなんというか、どこをどう取ってもヤローとしか言いようのないコイツは、全く似合いもしないのに占いだとか願掛けだとかが好きだったりする。弧蔵野君の件だとか、その占い好きに付き合った所為で結構なトラブルに遭ったこともあるくらいに。その内壷だとか言い出さないでよ、とは冗談半分の言葉だけど、なんで冗談かっていったらお金が掛かるとなるとコイツの興味メーターが急下降するからよ。つまり、手軽にできる範囲だと城之内のそういう趣味は惜しみなく発揮される。
「ほら、この間、私の雑誌勝手に読んでたじゃない。おまじない特集が載ってたヤツ」
 机の中を探ると、置きっ放しにしていた雑誌は簡単に見付かった。本田と遊戯と三人で顔付き合わせて、この頃の少女漫画はすげーな、とか言ってたけど。今はその凄いページを飛ばして、後ろの方に小さく組まれた特集ページを開く。
「あ、あった、これこれ。指輪は着ける指によって意味がー、って。これに影響でもされたのかと思って」
 机の向こうから私の広げた雑誌を覗く城之内の顔が引き攣っている。ビンゴね。
「右の中指は恋人募集中、左の中指は好きな人がいます。モロに片想いよねー」
「笑ってんじゃねぇよ。クソ、お前の前でやるんじゃなかった」
 握った拳を裏返して指輪を隠そうとするけど、今更だわ。もうとっくにどの指に指輪が嵌ってたか見ちゃったもの。
「右の小指は自分をアピールしたいとか好感度を上げたいとかで、左の人差し指は行動力や積極性を高める願掛け……何、そっからなの? 好感度上げるトコから?」
 見込み無いんじゃないの、とは言わないでおく。ちょっとした優しさよ、うん。
「で、誰?」
「誰って」
「相手よ相手。私の知ってる人? だったら協力してあげてもいいわよ?」
 人の恋路には首を突っ込みたくなるのが女の子の性ってものよね。
「うちの学校?」
「言わねぇよ」
「なんでよ。協力してあげるったら」
「要らね、つか、お前じゃ協力とか無理っぽいし」
 そういう言い方をするってことは、私と全然仲の良くない誰かか。知らないか交友が無いか、どっちかね。
「ふーん……年上? 年下? 同学年?」
「言わねぇって」
「デュエリスト?」
「おま、それ答えたらかなり数絞られんじゃねーか」
 あー、はいはい、デュエリストなのね。単純というか嘘が吐けないというか。
「デュエリストなら、やっぱり自己アピールの第一歩は相手とデュエル! じゃない?」
「……そういう仲じゃねぇの」
 観念したのか、溜息を吐きながら城之内がそう言った。デュエリスト同士なのにデュエルを申し込むのにハードルがあるとなると。
「大会で擦れ違っただけとかそういうレベルだったりするわけ? けど、それにしたってデュエルを申し込まれて受けないデュエリストなんかいないでしょ」
 アンタたちいっつもそうじゃない。急にデュエルを吹っ掛けたり、吹っ掛けられてなんの疑問も抱かずデッキ取り出したりするじゃない。
「申し込んできたのが同レベル以上の奴ならな……」
「あー……相手にしてもらえないんだ……」
 うん、まぁ、そういう例は多々見たわね、確かに。海馬君とかジークとかね。言われてたわね、雑魚の相手をしている時間が惜しいって。両方男だけどね。そういえば舞さんもカモか強い相手としかデュエルをする価値は無いみたいなこと言ってたっけ。デュエルも結構キッツイ階級社会だわ。
「けどアンタも最近じゃ大会上位の常連になりつつあるのにねぇ。運任せデッキだからベストエイトにも残ってない時あるけど」
「うるせー……」
 真っ黄色い頭が机に突っ伏した。城之内を歯牙にも掛けないとなると、相手はもっと安定して常に上位入りくらいの実力はある人ってことになるのかしら。それか、大会には出ないけど物凄く強い草デュエリストとか。誰なのかしら、当て嵌まる人なんて少なそうなものだけど。
「デュエルでアピールが無理ならやっぱり基本の会話から? 幸いアンタ物怖じしないで話すのだけは得意じゃない」
「それで話し掛けてたら騒がしいっつわれた」
 ええ、と、それは。
「言うのも可哀想だけど、それ見込みないんじゃない?」
「んなことねー……会話になってるだけオレはまだ見込みある……」
 ちょっとちょっと、それどんな相手なのよ。今の話の流れから行くと物静かで大人しくて男の人と会話なんて怖くて萎縮しちゃう、みたいな意味じゃないわよね? むしろその逆よね?
「アンタ、エム? 虐げられるの好きなの?」
「ちっげぇよ!」
 城之内が顔を上げたのと同時くらいに、後ろのドアががらりと開いた。
「お待たせー、購買混んでてさぁ」
「割り込み酷かったよねぇ。ボクは買いたかったシュークリーム買えたから別にいいけど」
「あれ? 獏良君お昼ご飯は?」
 がやがや騒ぎながら皆が椅子を持ってくる。私と城之内の間に遊戯が座った。いつもの遊戯はどうしたのか、昨日徹夜でゲームしたとか言ってたから多分寝てるんだろうけど、学校では珍しくもう一人の方だ。
「さっきは何を話してたんだ? 入ってきた途端城之内君が叫んでたからビックリしたぜ」
「あ、そうよ、それそれ」
 そうよ、遊戯なら分かるんじゃないかしら。城之内の絶賛片思い中の相手の話、というのは一応伏せて。
「あのさ、強いデュエリストでね、城之内なんかお呼びじゃないって感じで、騒がしいのとか、っていうかフレンドリーな会話とか、そういうの嫌いな人って誰か分かる?」
「……海馬?」
 うん、聞き方を間違えたわ。そりゃそうなるわよね。
「違うのか? じゃあアイツだ、あの紫の。ジーク。じゃなきゃ昔の舞」
 そうよね、その辺が出てくるわよね。私だってその辺しか思い付かなかったもの。
「そんなの他にいるのか……?」
「や、いるのかなと思って……」
 なんでもないのと誤魔化してて、気付くと本田が私の手許を見ていた。私の手許。開いた雑誌のおまじないページ。あー、城之内ごめん、閉じるの忘れてた。
 本田の目が雑誌と城之内の手の間を行ったり来たりする。本田だって勿論城之内の願掛け好きは知ってるわよ。私がいそいそと本を仕舞うと、本田はちらっと城之内を見て言った。
「お前、昔から思ってたけど結構趣味アレだよな」
 怒った城之内と本田がちょっとした喧嘩になる。指輪付けたまま殴るんじゃねーよ顔凹むだろうが、という本田の訴えを自業自得だわと聞き流して、ふと横を見ると席二つ分向こうに海馬君がいた。いつの間に登校してたのかしら。そしてその城之内と本田を見る冷ややかな目。
 ……本田が殴られてるのは自業自得だと思うけど、口に出さないだけで私も本田に同意だわ。だってねぇ、ああいう感じなわけでしょ。それはちょっと、指輪にも荷が重いってものだと思うのよ。


the finis.

 ああいう感じどころでなく実はそれが当人だったというオチ。
 城之内君が付けてる指輪の位置は真理の福音カラーページと文庫十巻表紙よりでした。