A Christmas Carol
2006/12/25


 今日は朝から賑やかだった。モクバの友人たちが屋敷を訪れてクリスマスパーティを聞いている。階下から子供の声が聞こえてくる。声は旋律を伴っていて、それはクリスマスの聖歌となっていた。
 あと少しすればこの部屋も賑やかになる。今日は夜から城之内が来る。本当は昼からと言っていたのだが、どうしても断れなかったヘルプの仕事があるらしい。お陰でディナーは明日に持ち越しになってしまった。残念に思ったのも確かだが、モクバの都合を考えるとそれでよかったかもしれない。それに何より、来ると分かっているのなら待つのも悪くない。
 階下で聞こえていたクリスマスの聖歌がやみ、代わりに庭から子供のはしゃぐ声が聞こえてきた。窓から下を覗くと、うっすらと雪の積もりだした庭で子供たちが雪玉を投げて遊んでいた。元気なことだと思いながら、海馬は部屋の温度を上げようとヒーターのリモコンを探した。


「瀬人様」
 ノックと呼び掛けの声がして、それから来客が告げられた。来客。もちろん城之内のことだ。
「あー、寒かったぜ」
 部屋に入って来た城之内は紙袋を提げていた。それを置いてコートに付いた雪を払っている。
「ここにも付いてるぞ」
 カナリヤ色の髪に付いた大きな雪の粒に触れると、海馬の指先でそれは解けた。
「うん? まあいいや。この部屋暖かいからすぐ解けて乾くだろ」
「外は寒いのか?」
「寒い寒い。ちょっと手、貸してみろよ」
 城之内は貸す暇も無く勝手に指先を掴んできた。
「な、冷えてるだろ」
 城之内の手はとても冷たかった。それが外の気温の低さの証明のようなものだ。彼はすぐに手を離すと、さっき床に置いた紙袋から白い箱を取り出した。箱には金線の入った赤いリボンが掛けられている。大きさは両手で持つのにちょうどいいくらいだ。
「メリークリスマス」
 城之内が笑って言ったので、それで海馬はこれがクリスマスボックスなのだと気付いた。随分長い間貰うことの無いものだったから妙に嬉しかった。箱の感じは、どうもケーキのようだった。よく見ると、箱とリボンの間にカードが挟まっている。クリスマスカードだろうかと思って取り出して開いてみた。メロディカードだったようで、カードからはクリスマスの聖歌が流れ出した。
「ビックリした?」
「……した」
 クリスマスカードにはサンタクロースの絵が描かれていて、西洋油彩画風のそのサンタクロースが持っている白い大きな袋にメッセージが書き込めるようになっていた。カードにはメリークリスマスの代わりに、あまり巧くはない文字で、大きく、『愛してるぜ!』と書いてあった。
「愛してるぜ、海馬」
 城之内が触れるだけのキスをした。本当は、ずっと不安だったんだ。約束するとあの時城之内は言ったけれど、約束は自分も破ってしまっていたものだから。もしかしたらやっぱりあの女の方がいいと言い出すかもしれないだとか、考えて怖くなることは一度や二度じゃなかった。
「この間舞と会ったんだ。偶然だったけど、その時にクリスマスの予定聞かれてさ、無いけどあるって答えたんだ。まだ約束して無いけど、恋人出来たから、って」
 それを言われた時の女の気持ちはどんなものだったろう。曖昧な関係が終わったことを知って、嘆いただろうか。それとも、怒っただろうか。どちらでもいい。結局、女は最後まで城之内に好きだと告げなかったのだから。女は失念していたのだろう。恋は勝手に始まるけれども、恋愛は始めなければ始まらないということを。
「舞には悪いことしてたって思うけど、でも、すごい自然に口からそう出て来ちゃってさ。その時に決めたんだ。クリスマスになったら、お前に絶対言おうって」
 驚いたし、色々考えていたけれど海馬はそれでも単純に喜んだ。城之内の腕が伸びて、あの約束の日のようにきつく拘束してくる。海馬は、抱き締められるのが好きだった。好かれていると信じられるようになるから。
「待たせてごめん。それと、待っててくれて有り難う」
 ぎゅう、と最後に力を込めて、城之内の腕が緩んだ。緩めた腕で彼はカードを抜くために机に置いた白い箱に触れた。
「プレゼント本体はこっちな。開けてみろよ」
 海馬はカードを閉じて机に置き、赤いリボンを解いて白い、多分ケーキの箱を側面から開けた。それはやっぱりケーキの箱で、海馬は金色に光る台紙ごとケーキを引き出した。
 それはとても懐かしい気がするケーキだった。特別綺麗な細工があるわけでもない、クリスマス前ならどこででも見られそうなケーキだった。ありきたりな筈なのに、もう何年も見たことが無かったケーキだった。白いクリームで飾り付けられた、苺とサンタクロースの乗ったケーキだった。蝋で出来た老年のサンタクロースは幸せな日々の象徴だと思った。
「安物だけど。バイト先で売ってたの、一個買って来たんだ」
「こういうの、久し振りに見る」
「うん。だからこれにした」
 蝋人形のサンタクロースはにこにこと機嫌良さげに笑っていた。同じような顔で城之内が笑う。
「食べようぜ。ナイフあったよな?」
 部屋に備え付けられている簡易キッチンから城之内がナイフと皿、フォークを取り出してきた。ナイフは小振りのフルーツナイフだが、ケーキを切るには十分だろう。
「あ、駄目だって。お前はこっち」
 切り分けられたケーキの一つを取ろうとすると城之内が慌てたように制してきた。
「お前のは、この一番大きい苺とサンタの乗ってるヤツな」
 代わりの皿を差し出しながら城之内が言う。断る理由も無いのでそれを受け取った。
「メリークリスマス」
「メリークリスマス」
 ケーキは懐かしい味がした。懐かしくて、そしてどこか泣きたくなるような、そんな味がした。何だか恥ずかしくて誤魔化すように二口目のフォークをケーキに入れると、カツン、と小さな音と震動がフォークの先の先で響いた。スポンジに挟まれた生クリームの間から綺羅綺羅光るものがほんの少しだけ見えている。
「指輪?」
 クリームに塗れたそれをティッシュで拭う。それは一つの宝石も付いていない、細いシンプルなリングだった。重さからして辛うじて銀であるくらいのものだろう。
「安物な分、演出に凝ってみた」
 安物だと、そうは言うけれど、確かに高価なものには見えないけれど、それでも城之内の生活事情を考えれば随分と値が張っただろうに。安物な分だという演出には驚いた。今日は驚かされてばかりだ。
 銀色に光るリングを中指に嵌めてみた。関節に引っ掛かって最後まで嵌らなかった。
「そこじゃないだろ」
 城之内は中指から外したリングを薬指に嵌め直した。右手の、薬指にだ。意外だった。中指でないのなら、左手の薬指に嵌められるものだと思っていたから。疑問が顔に出ていたのか城之内が笑って言った。
「そこはな、恋人がいますって意味なんだよ」
 耳まで熱くなった。それから、涙が流れたように思う。城之内は、それを可愛いと言った。


 ケーキを食べ終わってすぐにセックスをした。城之内の抱き方はどんどん優しくなっている。今日はケーキのように甘い抱き方で、大事にされ過ぎておかしな気分だった。
 セックスのあと、早く眠って欲しかったから、すぐに眠った振りをした。城之内は少し詰まらなそうに名前を呼んでいた。一度手を取られて起きているのがばれたかと思ったけれど、城之内は指輪の上に静かに唇を当てただけで、その内諦めて寝たようだ。聞こえる寝息が規則正しいのを確認して、ベッドの下に腕を伸ばした。クリスマスボックスを用意していたのは城之内だけじゃない。演出に凝ろうと思って隠していただけだ。城之内も、小さい頃にサンタクロースのプレゼントを貰えなくなった子供だろうから。
 眠っている城之内側の枕元にクリスマスカラーの包みを置く。緑の包装紙に赤いビロウドのリボン。中身は茶色いソフトレザーの手袋だ。いつも寒そうにしていたから、絶対にこれがいいと決めていた。
 城之内はよく眠っている。こっそりとさっきのカードを開いてみた。クリスマスの聖歌が流れ出す。カードに書かれた文字を指でなぞると、ほわん、とどこかに灯りが点いたような暖かい気持ちになった。明日の朝、城之内も同じような気持ちになってくれるといい。
 カードを閉じる。クリスマスの聖歌は聞こえなくなったけれども、書かれていた言葉は瞼の裏に浮かんで消えなかった。





+++End Of Happiness+++


the finis?

 やっぱり幸せにもなって欲しいものです。