A violet -new year's bed-
2007/1/20


「結局行かなかったね」
「何に」
 ぱらぱらと書類を捲りながら会話する。オレの手元にあるのはさして重要なものではない。兄が見ているのもそうだろう。
「……初詣とか、そういうの」
 一呼吸置いて、今更だな、と兄はクリップで留めた紙の束をサイドテーブルに投げた。
「三が日も明けた。人日も小正月も。既に新年と言うのも白々しい」
「まあね。確かに、今更」
 まともに休んだのは元旦くらいのもので、そこから今日まで殆ど働き詰めだった。正月気分など、とうに吹き飛んでいる。あまりに仕事ばかりしていた所為か、今も久し振りの休日を書類片手に、ワーカホリックの典型のように過ごしている。
「行きたかったのか、初詣」
「そういうわけじゃないんだけど。ああ、でも兄サマが一緒に行ってくれるなら、今からでも行きたいよ」
「面倒くさい」
 この寒い中わざわざ吹き曝しを歩く気が知れ無いと、兄がソファから膝掛けに手を伸ばした。
「何、部屋の中でもまだ寒いの?」
 それはさすがに自律神経が死んでるんじゃないのかと思いながら、膝掛けの下で手を擦り合せる兄を眺める。これでは外に連れ出すなど無理だろう。
「初詣、元旦なら行ってもよかったがな」
「まあ、わざわざこんな時期に行くのもね」
「いや、元旦の頃はまだ今ほど寒くなかっただろう。だからだ」
 そういえばここ数日で急に冷え込みが酷くなった気もする。いつも車で移動し庭にも出ない兄が良く気付いていたなと感心した。もっとも、部屋の中に居ても寒いというくらいだから、余程寒さに敏感なのだろうが。
「寒いなら、下に連絡入れて空調の温度上げてもらおうか」
「あぁ。そうしてくれ」
 立ち上がってデスクに置いてある内線の受話器を取った。ボタンを押して管理室に繋ぐ。室温を少し上げてくれるようにだけ頼んで、通話を切った。
 間も無く暖房機の立てる音が大きくなる。隣に腰を下ろすと、熱源を求めてかぴたりと真横に付いた兄が息を吐いた。
「寒いの嫌なんだったら、もっと早く連絡入れたらいいのに」
「オレが言っても寒いなんて大袈裟だと言うんだ、あいつらは」
「ああ……うん。さっきだって暖かかったじゃない」
「胴体だけならあの温度でもいいが、手足が寒い」
 膝掛けから出した指先を手の甲に置かれる。冷たい指を掴み返すと、更に絡め返された。
「……姫始めでもする?」
「それも、今更な誘い文句だな」
「仕方ないでしょう。オレも、貴方も、ずっと忙しかったんだから」
 反論しつつ覗き込むようにして顔と顔を近付ける。兄は絡めた指を引っ張りながら、黙ってゆっくり目を閉じた。


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 さすがに半年近くも経てば(性欲は)多少落ち着く模様。
 (再掲・元フリー配布)