焦げたお米はお釜にくっ付き
2007/6/8


 あぁ、なんて素敵なのかしら。
 はためく純白のコートは裾が大きく広がって、まるで一輪の百合のよう。メットの隙間から覗く青い瞳は、さながらブルーダイアモンド。
 どちらも本人には劣るけど、それでもこれだけ美しいのだから、本人はいかばかりのものか。あぁ、バトルシティの時ちゃんと見ておけばよかった。だけど、何だか美し過ぎて直視できなかったんだもの。
 あの時、私は中学生だった。まだそんなに肝が据わってなかったの。けど、今ならきっと、真正面からでも眺められるわ。
 強靭、無敵、最強。華麗にして究極。
 木霊する声に頷きながら大きく息を吸い込む。そして子供の叫びに紛れながら。
「助けて、カイバーマン!」
 あぁ素敵。本当に素敵。特にあのカード手裏剣。ブルーアイズも可愛いけど。
「あれ? 静香じゃない?」
「え?」
 呼ばれて振り向くと、そこには懐かしい異性の姿が。恋愛ものの王道パターンだけど、ロマンスが芽生えるには場所がちょっとアレよね。幾らなんでも特撮ショーの観客席は無いわよ。神様の馬鹿、どうしてせめて観覧車の下とかにしてくれなかったんですか。あ、観覧車の下なんて通りもしなかったからですね、ごめんなさい。
「久し振りね、モクバ君。こんなところで何してるの?」
 多分私の科白じゃない科白を言う。さっきの、叫んでたところ見られたかしら。突っ込まれたらどうしよう。
「……ここの興行責任者オレなんだよね。今日は人入りを見に来たんだけど」
 変な間が開いたけど、叫んでたのは見なかったことにされたみたい。
「海馬さんは一緒じゃないの?」
 すかさず話題を変えてしまった。実際に気になったのもあるけれど、何だか居た堪れなかったんだもの。こういう時って、普通声を掛けたりしないんじゃないの? 確かにあんまり意外な状況だと、つい呼んじゃったっていうのも解るけど。
 ところが私の変えた話題に、今度はモクバ君が居た堪れなそうに視線を逸らせた。
「海馬さん、どうかしたの? そういえば最近テレビとか雑誌でも姿を見ないわ」
「いや、どうかしたって程じゃないんだけど」
「でも前はあんなに広告に出たりしてたのに」
 今の広告はモデルばかりだし、会見なんかはモクバ君が出てる。本当に、そういえば最近海馬さんを見ないのよ。
「ひょっとして、病気とか」
「病気ってわけでは……あれ? 病気なんだっけ? 診断書は降りたから……」
「本当に病気なの?」
 私が聞き返すとモクバ君は慌てて首を振った。
「心配されるような類のじゃなくて、その、まあ、もうちょっとしたら会見あるし」
 会見を開くほどの重病だなんて、何てこと。そう思ったのも束の間、続けられた言葉は私にとって意外なようで、でもどこか納得できるものだった。
「どうせ発表されるんだから言っちゃうけどさ、性別再設定受けて術後リハビリ中……なんだよね」
 意外よ、でも解る気がするの。だって海馬さんって昔から綺麗にお化粧してひらひらの服着てテレビに出たりしてたじゃない。そりゃあ舞台化粧に番組用衣装なんだって言えばそれまでだけど。写りをよくするためだけにしては、気合の入った顔に格好だったなぁって、納得もできたのよね。
 だから言ったの。
「リハビリ中なら、お花持ってお見舞いに行っても大丈夫かしら」
 モクバ君はあんまりいい顔しなかったけど、こんな機会そうそうあるものじゃないし。だって、海馬さんっていったら本物のカイバーマンなのよ。あ、カイバーマンじゃもうおかしいのかしら。会見のあとはカイバーレディになったりするのかしら。
 とにかく私の憧れの人よ。強靭、無敵、最強。華麗にして究極の人よ。会いたいに決まってるじゃない。
「オレが言うのも何だけどさ、静香、変わった趣味してるよね」
 私が憧れの人の説明をすると、モクバ君はそう言ってヒーローがまるで悪人のように暴れている舞台を見た。
 もしかしたらカイバーマンショーはこれで見納めになるのかも。それは残念なのだけど、私の頭の中はどんなお花を買っていったらいいかしらってことで、あっという間に一杯になってしまった。
 はためく純白のコートに合わせて百合なんかいいかしら。それとも豪華に薔薇とかの方が喜ばれるのかしら。
「ねぇ、海馬さんってどんなお花が好き?」
 お花自体はきっと好きよね。だって、何だか似合うもの。


「すごーい……」
 海馬さんのおうちに連れて行ってもらって、初めに出て来た言葉がそれだった。凄いの。とにかく凄いの。凄く綺麗で、凄く広くて、凄くたくさん使用人の人が居て、おうちというよりお屋敷ね。お兄ちゃんから少しだけ聞いたことがあったけど、想像を上回る荘厳さだった。
「お花、かえって迷惑だったかしら。お庭にいっぱい咲いてたわ」
「喜ぶんじゃない? そういうのは、気持ちの問題だから」
 靴を脱がないで歩くモクバ君にビックリしながらあとを付いていく。まるでハリウッド映画の中の世界みたい。
 それにしても、テレビで見てたし最初は驚かなかったけど、モクバ君随分大きくなったのね。私、今頃じわじわ驚いてきちゃった。海馬さんも確か背は高かったから、きっと遺伝ね。本当に、観覧車の下だったら良かったのに。特撮ショーの観客席は無いわ。それもモクバ君は仕事、私は趣味。居た堪れない。
 でもお陰で憧れの人に会えるんだから、差し引きはゼロかな。性別再設定って所謂性転換よね。海馬さん、いったいどうなってるのかしら。
 ……そうね、美人になってる気しかしないわ。元から美人だったけど。
「ここで少し待ってて」
 二階の大きな扉の前でそう言われて、私は暫く落ち着かない気分で辺りを見回していた。海馬さんの部屋なのかしら。扉は分厚くて、中の様子は全く探れない。
「静香」
 扉が開いて、隙間からモクバ君が手招きをした。
「起き上がれないらしくて、寝たままで悪いんだけど」
 奥に見えるお姫様ベッドみたいなベッドがベッドなのかしら。部屋の中は何だか色々と信じられない空間だった。現代日本にこんな装飾の部屋が、あるものなのね。
「靴はそこで履き替えてね」
 スリッパ、まるで雲みたいにふわふわなのよ。私もうこれ履いて家に帰るって言いたくなるくらい。
「それじゃあオレは本社に戻るから、あと、兄サマを宜しく」
 そう言うと慌ただしくモクバ君は廊下を走っていった。ひょっとしなくてもここに立ち寄るの予定外だったのかしら。本社に、戻る、って言ったし。外回りの最中に無理矢理送ってくれたのね、車一台しか無かったから。
 お姫様ベッドにそうっと近付くと、天蓋は三面にだけ下ろされていて、開けた一面があることに気が付いた。そこに回ると丁度こちらを向いた海馬さんと目が合って、お互い一瞬黙ってしまう。
「あぁ、静香とはお前か。昔会ったことがあるな」
「あ、はい、バトルシティの時に、お兄ちゃんの応援で」
 モクバ君説明していかなかったのかしら。忘れられてなくて良かった。
「どうして来た?」
 聞かれて目的を思い出し、結局何種類もの花を詰め込んだブーケを海馬さんに差し出した。
「モクバ君に聞いて、お見舞いとお祝いを兼ねてと思って」
 海馬さんがぱちぱちと瞬いた。真っ青な目がやっぱりショーの役者なんて比べ物にならないほど綺麗。花束を受け取った指は白くて細くて手入れをしているのか一つのささくれも無い。その先端がピンクに塗られているのに、性別再設定は本当なのねと実感が湧いた。
「祝いか、そうか。そういえば、モクバはどこに行った?」
「モクバ君なら、さっき本社に戻るって」
「戻ったのか? 仕方ないな」
 枕元のナースコールに似た機械を海馬さんが押す。はい、と女の人の声が小さく響いた。
「花瓶を持ってきてくれ。あと飲み物も」
 海馬さんが機械を切ると、ビックリするくらいすぐに、女の人が部屋に入ってきた。お仕着せのメイド服が可愛くて少し着てみたい。
「お花、お預かりしますわ」
 女の人が押してきたワゴンには、飲み物とお茶菓子、白い陶器の花瓶が乗っていた。預かった花束を手際よく解いて花瓶に移し替える。
「モクバも花を花瓶に挿すくらいしていけばいいだろうに」
「そんなこと仰って、お仕事の合間で急いでらしたのでしょ」
 む、と海馬さんが唇を尖らせる。こんな可愛いことする人だったかしら。以前のイメージだと想像が付かない。
「仕事仕事と、最近全く家に居ないではないか」
「それは瀬人様がお休みになっているからでしょう。早く動けるようになるとよう御座いますわね」
 メイドさんはサイドテーブルに花瓶を飾ると一礼して部屋を出て行った。うつ伏せになっていた海馬さんがそろりと横を向く。あぁ、胸があるわ。ちょっと、私より目立ってるのは気の所為かしら。
「コップを取ってくれ」
「あ、はい」
 コップの中身は冷たい檸檬水のようなものだった。水やお茶でないところが海馬さんの雰囲気だわ。
 ところで、私さっきからずっと聞きたかったことがあるの。
「あの、今日ここに来る前、私、童実野遊園地に居たんです」
「童実野遊園地? 海馬ランドでなくか」
 海馬さんが眉根を寄せる。
「だって、海馬ランドじゃカイバーマンショーやってないじゃないですか」
 どうして余所の遊園地でやるのに海馬ランドではしないのか不思議だけど、スペースの問題とか大人の事情とかあるのかしら。
「……好きなのか、特撮ショー」
「カイバーマンが、大好きです。それで、聞きたいんですけど、海馬さん女の人になっちゃったの公表するんですよね?」
「術痕が塞がったらな」
「じゃあ、そのあとって、カイバーマンはどうなるんですか? もうショーは無しですか?」
 冷静になると残念どころじゃないわ。あれで見納めだなんて、そりゃあ本物には敵わないけど、強く美しいヒーローって、本当に憧れだったのに。
「あれか、あれはどうするかまだ会議中だ。オレはモデルをモクバに変えて二代目設定でやったらどうかと言っているんだが」
 私、基本的に海馬さんのファンだけど、二代目設定もそれはそれで。
「面白そうですね。ウケも良さそう」
「だろう? だが、二代目にするくらいならカイバーレディにした方が幾らもマシだと当のモクバが大反対を」
「大反対なんですか?」
「大反対なんだ。お陰でまだ会議中」
 海馬さんが溜息を吐く。釣られて私まで溜息が出た。
「そうだ、カイバーマンが好きだと言ったな。カードは持っているか?」
「いえ、持ってません。時期を逃しちゃって」
 何だかの特典で付いてた限定カードらしいけど、知った時にはもう売ってなかったのよね。今やプレミアが付いてとても買える値段じゃないし。
 海馬さんはベッドから手を伸ばすとサイドテーブルの引き出しを開けて、中から膨らんだ茶封筒を取り出した。
「何ですか? それ」
「さっき言った会議の参考資料だ」
 ピンクの指先が止め具を外す。開いた封筒の中身がシーツの上にざらざらと開けられた。
「これと……これは不味いが、残りはやる」
「え、これ、いいんですか?」
 カードだけじゃなく、昔の抽選プレゼントまで。
「金具が少し歪んでいるんだが、気にならないなら持っていけ。どうせモクバがもう一揃い持っている」
「有り難う御座います! 金具なんて気にしません。嬉しい」
「そんなに好きな割りに、今のオレを見ても反応が乏しいのは何故だ」
 心底不思議そうに海馬さんが呟く。確かに正義のヒーローが性別再設定しちゃったら、普通は大問題よね。でも、あまりに自然というか何というか。
「海馬さん、女の人でも似合ってるんですもの」
 少し間が開いた。五秒くらいかしら。
「そうか。よし、分かった。静香だったな、気に入ったぞ。今日は暇か? 暇なら長居していけ。食事くらい出してやる」
 突然上機嫌になった海馬さんが私の腕を引いてベッドに座らせた。女の人になってるっていうのに、やけに緊張するのはどうしてかしら。憧れの人に変わりはないからかしら。


 とはいえ長時間話し込めば段々慣れてくるもの。喋ったり夕食をご馳走になったりする内に思考回路が本当に女の人なんだなぁと思い知って、そういう緊張はいつの間にかどこかへ飛んで行ってしまった。
 でも、今度は別の緊張がやって来たのだけど。
 だって、海馬さん多分彼氏がいるのよ。はっきり言わないけど言葉の端々からそんな雰囲気がする。そういう話題はまた違う意味で緊張するでしょ。何だか気恥ずかしくて。
 それに、手術したばかりで彼氏がいるということは、男の人の時から彼氏がいたってことよね。駄目じゃないけど詳しく聞いていいのかは解らない。そもそも男の人の時のことをどこまで聞いていいのか解らないし。捨て去った過去だったりするのかしら。それともそれはそれで想い出なのかしら。とても、聞きにくい領域じゃない。
 結局その話題は出さないままに夜も遅くなってしまって、持たせてもらった色々を抱えて私は海馬さんの部屋をお暇した。長い廊下を来た時と同じ道筋で戻る。
「あ」
 曲がり角の二つ目で、ちょうど帰って来たところみたいなモクバ君と鉢合わせた。
「今から帰り?」
「ええ、モクバ君も今日はもうお仕事終わり?」
 海馬さんが仕事仕事で家に居ないなんて言っていたから、もしかしたらまた出て行っちゃうのかしらと思いながら尋ねた。流石に、それは無かったみたいだけど。
「静香、家どこだっけ」
「米里よ」
「米里……遠くない? 送っていこうか」
 打診されて慌てて首を振った。何故か海馬さんに悪い気がしたの。
「海馬さんがね、モクバ君が仕事ばっかりで全然帰ってこないって。折角帰ってきたところなのに、また出て行かせちゃ悪いわ」
「何、そんなこと言ってたの? ひょっとして兄サマ機嫌悪かった?」
「ううん、機嫌は良かったわよ。ほら、こんなに色々貰っちゃって」
 紙袋に詰めてもらったあれこれを抱えて見せる。覗き込んだモクバ君の顔が怪訝になった。
「何、それ」
「カイバーマンのカードとかグッズとか」
「ああ……そんなに好きだったんだ?」
 悪いのと聞くと否定したけど、最初にお見舞いに来たいって言った時より更にいい顔しなかったわ。二代目設定も反対してるっていうし、元々こういうの好きじゃないのね、きっと。
「けど、何だか意外だったわ。海馬さんが親切なんですもの」
「犬猫と一緒で、人間も取っちゃうと性格丸くなるって言うしなぁ。それか、女の子の友達が欲しかったんじゃないの」
 私としては後者のような気がするけど、実際はどうかしら。両方だったりするかもしれない。
「まあ、今日は誰かに送らせるからまた来てよ」
「そうね、そうするわ。海馬さんにも、また来ますって伝えておいて」
 約束をして、それから黒い服の警備員さんに送られて私は家に帰った。
 けど、凄いのよ。普通送るっていっても車で駅までとかだと思うじゃない。違うの。ヘリで家の前の空き地まで送ってもらったの。
 着陸したヘリに驚いてお母さんが出てきちゃったけど、いったいなんて説明すればいいのかしら。


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 フィーリングで生きる女、静香。  まぁとうとう取っちゃったり何だりしてるのですが、口調はあくまで男のままで。ギャップ萌えです。
 これうっかりそれっぽくなってしまったのですが、別段モクバと静香ちゃんで絡んだりする予定は無いです。ドロドロ劇場はやらないです。