なかなか乾かないな、と茶色く彩られた指先に瀬人は息を吹き掛けた。足の爪にも同じ色のペディキュアが乗せられているが、先に塗ったそちらもまだ部分的にしか乾いていない。これからもう一度塗り重ね、さらに緑で先端を飾り、小さな金色のチップで星を散らせる。やらなければならない残りの工程を思って、瀬人はもう一度指先に息を吹き掛けた。
茶色い爪は、端の方だけ乾いて薄い色になってきている。色の薄さからすると、重ね塗りを飛ばすわけにはいかないだろう。
「早く乾いてくれないと、眠れないではないか……」
明日、もとい今日はクリスマス・イヴなのだ。全く信心深くない瀬人は、その日を『ケーキを食べプレゼントを交換し恋人と一日過ごすための日』だと捉えている。お陰で海馬コーポレーションにはイヴかクリスマス当日、部署によっては両日を確実に休める休暇制度があるのだが、それはそれとしてつまりイヴのデートに備えて瀬人は早く寝たいのだった。折角のクリスマスデートに睡眠不足の酷い顔で挑むなど、美の追求に余念が無い近年の瀬人にとっては言語道断である。
だが、美の追求に余念が無いというそれ故に、クリスマスは指先まで気合を入れたいのだ。今はまだ茶色く塗られただけの爪たちが樅の木ように変わるまで、瀬人は眠れない。