The Date on Xmas 大人モクバ×ドミネーゼ瀬人
 なかなか乾かないな、と茶色く彩られた指先に瀬人は息を吹き掛けた。足の爪にも同じ色のペディキュアが乗せられているが、先に塗ったそちらもまだ部分的にしか乾いていない。これからもう一度塗り重ね、さらに緑で先端を飾り、小さな金色のチップで星を散らせる。やらなければならない残りの工程を思って、瀬人はもう一度指先に息を吹き掛けた。
 茶色い爪は、端の方だけ乾いて薄い色になってきている。色の薄さからすると、重ね塗りを飛ばすわけにはいかないだろう。
「早く乾いてくれないと、眠れないではないか……」
 明日、もとい今日はクリスマス・イヴなのだ。全く信心深くない瀬人は、その日を『ケーキを食べプレゼントを交換し恋人と一日過ごすための日』だと捉えている。お陰で海馬コーポレーションにはイヴかクリスマス当日、部署によっては両日を確実に休める休暇制度があるのだが、それはそれとしてつまりイヴのデートに備えて瀬人は早く寝たいのだった。折角のクリスマスデートに睡眠不足の酷い顔で挑むなど、美の追求に余念が無い近年の瀬人にとっては言語道断である。
 だが、美の追求に余念が無いというそれ故に、クリスマスは指先まで気合を入れたいのだ。今はまだ茶色く塗られただけの爪たちが樅の木ように変わるまで、瀬人は眠れない。



The Date on Xmas 遊星×ジャック
「遊星。まだ寝ないのか」
 背後から声を掛けられ、遊星は銅線を縒り合わせていた手を止め振り返った。大股に傍へやってきたジャックが、大股なのは遊星が床を物置にしている所為で足場が飛び地になっているからだが、敢えてそうしたとでもいうかのように居丈高な態度で、ずいとマグカップを差し出す。
「何だ」
 縁が欠けたカップからは、もうもうと湯気が立ち昇っている。香りは漂わないが、中に注がれた液体の色を見れば、それが何であるかは明白だ。
「まだ寝ないのか、なんて愚問で、どうせまだ寝ないんだろう。眠気覚ましに飲んでおけ」
「珈琲か」
「賭けデュエルで分捕ってきた。昨日の相手は食品屋ばかりだ」
 カップに口を付け、サテライトの中では高級な部類に入る濃さの珈琲を一口飲み込んで遊星はジャックの格好を見た。珈琲は一人分だが、それもその筈ジャックはもう寝るつもりでいるらしい。味見もしなかったんだろうか、いい珈琲なのに。そう思って、それから遊星は珈琲の出所へ抱くべき疑問に気が付いた。
「珍しいな」
「何がだ」
「ジャックが、ものを賭けるなんて。いつもは金だろ」
 食品屋相手だったと言うのだから、金を得て買ったのではなく初めからそれが賭けの対象だったのだ。遊星の指摘に、ジャックは、あぁ、と何てこと無い事象だとでも言いたげに軽く頷いた。
「お前が一銭の得にもならないことのために三徹してるのと、同じ理由でな」
 遊星の手元には、作り掛けの豆電球が転がっている。



The Date on Xmas 表遊戯×瀬人
「終わった……」
 思わず滑り出た言葉を取り繕うように、海馬は一つ咳をした。何が終わったかといえば、海馬ランドのクリスマス・イヴ、当日限定イベントのリハーサルである。元々閉園後から始まるのだから遅くまで掛かるのは当然だが、精々一時二時には終わるだろうと高を括っていた海馬の思惑を外したのは唐突な照明装置の故障だった。
「一時はどうなることかと思いましたが、本番でなくて良かったですね社長」
 通り掛かりに声を掛けていったスタッフに、あぁそうだなと海馬が相槌を打つ。まったく、リハーサルや事前点検の大切さが浮き彫りになった夜だった。
「しかし何も今日壊れなくてもいいではないか、昨日のスタジオリハでも先月の購入時点検でも壊れる機会など幾らでもあったろうに……」
 ひっそりと呟かれた恨み言を聞くものはいない。こうまで長引くと分かっていれば初めから現場任せにして顔など出さなかったものをと、何でも自分で手配したがる社長には珍しい言葉が続くのも、現場のスタッフたちには聞こえていないだろう。
「帰りたかったなら途中で帰ればよかったのに」
 しかし近付いてきた副社長と黒服には聞こえていたようで、モクバの言葉に磯野が頷いている。海馬はばつが悪そうに二人から顔を背けた。
「リハーサルを見ると言って顔を出したのにリハーサルを見終えずに帰れるか。現場への体裁も悪い」
「そんな、クリスマスだしさぁ……。皆察してくれるって」
「それはそれで恥ずかしいだろうが」
 己の主に人並みの照れが存在したことに内心舌を巻きつつ、磯野が車を門まで回しに行く。あとは現場に任せると言い置いて、海馬も門へ向かった。



The Date on Xmas ヤンキー城之内君×緑瀬人
 かの有名な新聞配達をする元ヤンは、配達の帰り無謀にも絡んできた宵っ張りの現役ヤンキー四名をボコボコに伸してから、ふと我に返った。
「げ、オレ早く帰って二度寝しねぇと駄目なんだった。今何時よ、クソ、時間喰ったぜ」
 今晩はぜってー寝らんないのに、と呟きながら城之内は自転車のライトに腕時計を近付けた。五時を十分と少し過ぎている。
「十時に迎えに来るっつってたっけ。今から帰って……」
 三時間半は余裕で寝れるなと城之内は一人頷いた。さっさと帰るべく適当に止めていた自転車を進行方向に向け直す。
 ライトに照らされた範囲の端で、頬が少しばかりおかしな形になっている不良が呻きながら目を開けた。ワンパンで仕留めたと思ったのに鈍ったなぁ、とまるで現役のようなことを考えながら城之内が彼に笑い掛ける。無論、目は笑っていないのだが。
「殴られ足んねーんじゃなきゃ、もうちょいそこに倒れてな」
 返事のつもりかもう一度呻いてから目を閉じた不良の横を、新聞配達用のカゴ付き自転車が通り抜ける。
「ま、アイツらもイブの早朝まで夜明かしとは、寂しい奴らだよなー」
 夜道に響かないよう心の中でそう言って、城之内はペダルを漕ぐ足に一層力を込めた。



The Date on Xmas ヤンキー城之内君×緑瀬人
「ん……あぁ、もう朝か……」
 目覚ましを止め、海馬は寝台の上で大きく伸びをした。天蓋の外へ出、窓から差し込む光を浴びていると、見計らったように執事が部屋へやってくる。
「お目覚めで御座いますか、瀬人様。今日はよくお眠りになられたようで」
「うん。顔洗ってくるから、ちょっと待ってて」
 ぬるま湯で面を洗い鏡を見れば、普段は色素が沈着したかと思われるほどに濃い目の下の隈も、心なしか薄らいでいる。機嫌良く一通りの手入れを終え、海馬は執事の待つ部屋へ戻った。
「お出掛けには赤いコートでお行きになられると仰せでしたが、内側はこちらの服でよろしゅう御座いますか」
 執事が広げた白いカラー・タキシードに、海馬はうんと頷いた。タイは、黒のリボンタイである。
「それにあのコート着ると、ちょっとサンタっぽいね」
「然様で」
 執事の手が海馬のパジャマのボタンに掛かった。彼は慣れた様子で主人の服を着せ替えていく。同じく慣れた様子で世話を焼かれながら、海馬は今日の予定を思いやった。
「約束、ボク何時だって言ったっけ?」
「十時で御座いますよ。道が混んだとしても、九時半に出れば十分かと」



The Date on Xmas 表遊戯×瀬人
「ぅ……もう朝、か……」
 鳴り響く目覚ましを止め、海馬は再び天蓋の中へ舞い戻った。海馬ランドのイベントリハーサルに付き合って明け方近くまで起きていた身に、暖かい布団が心地よい。うつら、うつら、再び夢の世界に旅立ち掛けた彼を、執事の声が引き止めた。
「瀬人様! 今年は、何か約束があると仰ってませんでしたか!」
「やく、そく」
「デートだと仰ってませんでしたか!」
 海馬はがばりと反動を付けて飛び起きた。夢の世界に戻り掛けていたのはほんの数分、約束の時間が間近に迫っているわけではないが、うつらうつらしていた人間にはまともな時間感覚など無いものだ。海馬自身には今が何時何分か、分かっていないのだろう。加えてこのところ仕事仕事で時間が無く今日の支度をまだ全くしていなかったのだから、彼が慌てるのは無理も無い。
 海馬はさっき止めた目覚ましを見て、あからさまにほっとした様子になった。そこへ執事がお目覚めですかと声を掛ける。
「約束は十時に童実野広場の時計塔の下でしたか。さぁ、早くお顔を洗いになって、朝食を済ませられませんと」



The Date on Xmas 大人モクバ×ドミネーゼ瀬人
「ぅ……ん」
 目覚ましを止めたところで力尽きたのかしら、と、時計の上に手を被せたまま微妙に寝苦しそうな寝息を立てている、とうとう女主になった己の雇用主を見て磯坂は溜息を吐いた。
「瀬人様、朝で御座いますよ!」
 一思いに布団を剥ぎ取って、彼女は瀬人の肩を揺すった。睡眠不足は美容の大敵、だからといって寝ぎたなくなるほど寝るのはどうなのか。寝過ぎて眠い、最近の瀬人の状態はまさにそれであった。そして久し振りの夜更かしで、今朝は通常の意味でも眠いようだ。
「起きて下さいませ! ただでさえ支度が遅いんですから、もう!」
 うぅ、と呻きながら瀬人が起き上がった。昨夜の内に飾り立てられたクリスマス仕様の指先が、覚束無い様子でシーツの上を動く。
「さぁ、起きましたわね? 今日は予定がたくさんおありなんでしょう。早く起きて支度をしないと、またモクバ様をお待たせすることになりますよ」
「……モクバは……?」
「もう起きてらっしゃいますわ。先程廊下で擦れ違いましたもの」
 朝食ご一緒なさるのでしょ、早くしないと先に食べられてしまいますわよ、と磯坂が急かす。漸く慌てた様子になって、瀬人は天蓋を飛び出した。



The Date on Xmas 遊星×ジャック
 朝起きて着替えも済ませアジトの奥から出てきたジャックが気付いた時、遊星は作業場のソファで眠っていた。ソファに移動しているということは寝る意思を持って寝たのだろうが、昨夜の格好のままであるところを見ると、仮眠のつもりで寝入ってしまったか作業が終わった途端力尽きたかのどちらかだ。もしかするとついさっき仮眠に入ったばかりという可能性も無いわけではないが、それにしては寝相が乱れ過ぎている。
 ジャックは、寝入ったのか終わったのかを確かめるべく、遊星の作業机に近寄った。夜の時点で未完成だった豆電球には覆いが付き、個数も増えてコードに連なっている。机の下には銅板だか真鍮板だかを加工したらしき針葉樹の模型が、組み立てられる前の状態で散らばっていた。
 芯と思われるパーツには、たくさんの小さな穴が開いている。それと枝葉の部分を一つ拾って見比べ、ジャックは遊星を起こさないことに決めた。枝の幹側末端には穴に差し込むのだろうフックが付いていて、簡単に組み立てられるようになっている。ここから溶接だの何だのする必要は無い。これは完成しているのだ。
「ゆーせー、ジャック、ご飯――」
 ラリーの声に、ジャックは急ぎ作業場を出た。仕切りのカーテンを捲ったところで二人が鉢合わせる。
「あ、おはよう、ジャック」
 あぁ、と返してジャックはラリーの腕を押した。ラリーの身体が九十度ほど回転し、通路の先を向く。
「あれ? 遊星は?」
「まだ寝ている。昨日も遅かったからな、寝かせておいてやれ」
 振り返ろうとするラリーをさり気無く阻止しながら、ジャックは食堂へ向かった。近付くにつれナーヴたちの喋る雑談が聞こえてくる。
「あいつら、こんな時間なのにまだいるのか?」
「今日は十時‐十八時なんだってさ。年明けまで変則シフトだって」
 再生工場も忙しいのだ。クリスマスにまでご苦労なことだと、賭けデュエルのみで生計を立てる自由人は肩を竦めた。