致死量に届くまで 1
2006/11/11


 告白するのに、中庭なんて目立つ所を使うものじゃないな。
 心の中で呟いて、海馬瀬人は木陰に身を潜めた。いくらいけ好かないシチュエーションだからといって、邪魔をするつもりはさらさら無い。
 それにしても、あの凡骨が、か。音を立てぬよう静かに息を吐いて、海馬は中庭を見遣った。
 ずっとずっと好きだったんです、女生徒のお決まりとも思える科白に、これまたお決まりの断り文句、ごめん、悪いけどアンタとは付き合えないよ、を返して、彼は綺麗にそのこを振った。

「勿体の無いことをするな? 貴様は、ああいうのが好きなのだと思っていたが」
 女生徒が走り去るのを待って、海馬は木陰から身を現した。
「テメェ、いつから見てやがった」
「ここを通ろうとした貴様がさっきの女に呼び止められて、渋々立ち止まったところからだ」
「最初からなんだな?」
「平たく言えば」
 はぁ、と吐き出された息に海馬はむっと眉を寄せた。
「貴様……ごときが振るには勿体の無い相手ではなかったか? 何もあんなに無碍に振らずとも、『試し』に付き合ってみるくらいすればいいだろうに」
「随分向こうの肩持つじゃねぇか。知り合いか?」
 知り合いではなかったし、知り合いだったとしてもどうということは無い。ただ、振られる姿に憐れみと共感を覚えただけだ。
「特定の相手がいるわけではないのだろう? 城之内」
 海馬の問い掛けに一言、嫌いなんだと返して、城之内は歩き出した。海馬が慌ててそのあとに続く。
「待て、嫌いとは、知り合いだったのか?」
「いや、知らねぇよ」
 知りもしない相手を嫌いだというのは城之内らしからぬことだと海馬は不思議に思った。城之内というのは基本的に人間を好きなのだと思っていた。自分のように、嫌われる方が珍しいのだと。
「それでは、何故」
「……体温だよ」
 なおも問い掛ける海馬に面倒臭そうに城之内が答える。
「生暖かい、人の体温が嫌いなんだよ」
 ふん、と海馬は鼻を鳴らした。
「それで、最終的に行き着くところを考えると付き合えないというわけか。礼を欠いた質問になるが、貴様は不能か?」
「別に。そんなんじゃねぇよ。嫌いなだけだ」
 怒ることも無く淡々と答えた城之内にもう一度ふん、と相槌のようなものを打って、海馬は愉快なことを思い付いた時のように唇の端で笑い城之内の前に回り込んだ。
「海馬?」
 多分に足止めを食って苛ついているのか、少し不機嫌な声で城之内が呼ぶ。
「オレにしてみないか」
「何を……」
 本当はもう海馬の言わんとせんことに気付いているのだろう。頭が痛い、とばかりに城之内は額を押さえた。
「オレは、結構体温が低い方なんだが」
 言いながら海馬はきっちり閉じていた詰襟を空けて首筋を曝け出した。冷たい外気が咽喉を冷やす。
「……そういうことを言ってるんじゃねぇ」
「いいから、少し触ってみろ。ほら」
 ほら、と言った時には、海馬は既に城之内の手首を捉えていた。そのまま引き寄せて、海馬は細くて白い自らの首筋に城之内の手を導いた。
「……冷たいだろう?」
 それは確かに冷たかった。肌の白さも相まって、暫時の間城之内に、海馬瀬人という人間はもしや白蝋で出来ているのではないかと思わせるに充分だった。もちろん、そんなことがあり得る筈は無かったし、城之内もすぐに我に返りはしたものの。
「オレにするといい。ほら」
 綺麗に微笑んで、海馬は再度そう繰り返した。


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 プロローグでした。三人称瀬人よりの視点にしたんですが、一人称以外の視点は初の試みです。城海なので瀬人でなく海馬呼びにしたのですが、自分の中で物凄い違和感でした。