The Date on Xmas 表遊戯×瀬人
「あ、ねぇ、今度はあれに乗らない?」
 そう言って、遊戯は煤けた洋館を指差した。枯れ木や墓石に囲まれた不気味な洋館は、所謂ホラーハウスである。遊戯たちは、二人で海馬ランドへ来ていた。海馬ランドに海馬。非常に目立ちそうな取り合わせだが、お忍びスタイルの効き目は相当だったようで、今のところ誰に気付かれた様子も無い。もう一つ目立ちそうな遊戯の頭部は、子供やカップルの他にデュエリストも多い園内では、フォロワーに紛れて目立たなくなっていた。
「待ち時間十分だって。空いてるのかな?」
「二時過ぎか。近くで昼のパレードをやっているから、そっちに客が流れているんだろう。今は演目も期間ものだしな」
 外に列は無い。二人は墓石の間を通り抜けて館内に入った。入り口でパスを見せ、人気の無い廊下を歩いていく。
「なんか、アトラクション始まってるみたいだね」
 通路は蜘蛛の巣の張ったシャンデリアに薄暗く照らされているだけで、しかも今は、他に人もいないのである。同じく蜘蛛の巣塗れの調度品や壁をきょろきょろ見回しながら、遊戯は道なりに階段を上った。
「あ、もうすぐそこなんだ。ちょっとだけ並んでるけど、乗り場が見えてる」
 家族連れとカップルが五組ずつ。二人揃ってその後ろに並び、流れてくるペアシートに目を向ける。シートは短い間隔で次々とやって来ていて、五分ほどして数組分列が延びた頃には、もう遊戯たちの番だった。海馬が先に乗り込み、遊戯が続く。魔女の格好をした係員がバーを下ろすと、二人はゾンビたちの出迎える暗闇に放り込まれた。
「海馬君、怖いの平気?」
「人並みにはな」
「じゃあ、乗ってる間、手を繋いでてもいい? ボクも人並みだけど、人並み同士でも二人なら心強いよね」
 暗闇の中ペアシートで、勿論怖いか怖くないかなんていうのはただの口実である。海馬の返事を待たず、遊戯は手探りで彼の手を取った。華奢な指先が手を握り返してくるのに頬が緩む。だらしない顔を見られない暗闇でよかったと、遊戯はホラーハウスに感謝した。



The Date on Xmas 大人モクバ×ドミネーゼ瀬人
 こういった行事には付きもののケーキが、子供たちの前に並べられた。どれも均等に切り分けられているが、しかしどこか均質でない。いただきます、の挨拶のあと、一人の子供がそれを「お母さんのケーキみたい」と評した。
「これだけの人数分、本当よくやるよ」
「まぁ、一人で作ったわけではないがな。基本は小百合と合作だ」
 料理教室が縁で出来た、数少ない友人の名を瀬人が上げた。瀬人同様ドラァグ・クイーン系統である彼女――旧称彼――は、ちょくちょく海馬邸に来ては瀬人と何ごとかをしている。昨日は、それがケーキ作りだったというわけだ。
「小百合がな、子供たちのところへ持っていくなら肌理が粗くどっしりしたスポンジの方がいいと言ったんだ。あまり高級感に溢れているケーキより、家で作ったり近所の小さな店で買ったようなのの方が、子供の舌には馴染みやすいからと」
「それで普通のショートケーキにしたんだ」
「普通じゃないのは明日用にした」
 明日は海馬邸にて小規模なパーティが催されるのだ。このクリスマスに、瀬人はめいっぱい予定を詰め込んでいた。今日も、このあとはまた移動して、デートらしく二人でクリスマス・マーケットを回ることになっている。おうちクリスマス志向のある発祥地では昨日辺りに閉じられている筈のマーケットだが、童実野町ではクリスマス当日まで開かれていて、デートスポットとしても名高い。
「それでは、そろそろおいとまを」
 時計をちらりと見て瀬人は老婦人にそう告げた。もう帰っちゃうのと騒ぎ出す子供たちにも別れの挨拶をして門へ向かう。婦人が二人を見送った。
「よいクリスマスを。いつでも、また来てちょうだい」



The Date on Xmas 遊星×ジャック
 遊星は、甘いような、香ばしいような、そんないい匂いに釣られて目を覚ました。匂いの発生源はアジトの中、キッチンのようだ。ふらふらと、起きたばかりで心許無い足取りのまま、遊星はそこを目指した。
「腹が減った……」
 キッチンへの仕切りカーテンを開けて、中にいた二人へそう訴える。あ、遊星起きたんだ、とラリーが振り返った。
「昼の残りならそこにあるぞ。食べたければ勝手に食べろ」
「スパゲッティか」
 顔を洗ってくると遊星がキッチンを出て行く。遊星がカーテンの向こうに消えると、勝手に食べろと言ったくせに、ジャックはスパゲッティの皿を取り少し水気を足してからレンジに放り込んだ。
 遊星は戻ってくると、机の上に置かれていたスパゲッティと水には何の疑問も抱かず、いただきますとだけ言って椅子に座った。フォークで麺を巻き取り、口に入れる。無表情にそれを飲み込み、それから遊星はジャックを呼んだ。何だ、と面倒くさそうにジャックが答える。
「魚介類の味がする」
「海老が入っていたからな」
「入ってない」
「オレとラリーで食べ尽くしたからな」
 無言になった遊星に、怒るな、とジャックが振り返りもせずに言う。
「夜には、もっといいものを食べさせてやるさ」
「何を作ってるんだ?」
 返事はラリーがした。ケーキだとの答に、さっきのいい匂いはそれかと遊星が一人納得する。
「海老もまだあるし、肉だって各種揃ってる。大量だぞ。遊星、夕飯作りはお前にも役割を分担してやろう」



The Date on Xmas ヤンキー城之内君×緑瀬人
「これ、いつ終わんの?」
 城之内の問い掛けに、海馬はポケットから懐中時計を出し時間を見た。
「七時だったかな。まぁ、そろそろ抜けてもいい頃合だけど」
 これ、とは海馬コーポレーションとも関わりのある企業社長主催によるクリスマスパーティである。始めこそビュッフェテーブルの料理たちに舌鼓を打っていた城之内だが、腹が膨れればもう企業パーティなど退屈なだけだった。おまけに周囲の目はどう足掻いても城之内を海馬の飼い犬程度にしか見ていない。良くて奇人社長のヒモだ。――何も良くないが、人扱いな点ではまだマシだろう。
「晩御飯は遅くなると思うけど、お腹は充分に膨れてるかい?」
「おーよ」
「じゃあもう出ようか。主催者どこにいるかな」
 辺りを見回す海馬より、城之内が先に気付いた。あのオッサンだろ、と行儀悪く顎で指す。
「あぁ本当だ。じゃ、ちょっと挨拶してくるから待っててね」
 言い置いて、海馬は男の許へ向かっていった。気付いた男が、どうかされましたかと主催らしい口振りで聞く。
「このあと予定があるもので、名残惜しいですがボクはこの辺りで。最後に挨拶をと」
「おぉ、それはそれは、わざわざ合間を縫ってお越し頂き有り難う御座いました。このあとはどちらへ?」
「プライベートでクリスマス・オペラを見に。では、失礼。よきクリスマスと新年を」
 無論、次の予定がオペラだなど、城之内は聞いていない。そしてそんな高尚な趣味も持ち合わせていない。多分、城之内を楽しませようというのではなく、贔屓の一座が来たか演目をするかで海馬が見たいだけなのだ。連れ回される飼い犬もしくは色々得る代わりに相手を満足させるヒモという人々の感想は、あながち間違ってもいないのだった。



The Date on Xmas 大人モクバ×ドミネーゼ瀬人
 あ、と二人の声が重なった。
「海馬社長じゃないの。何、デート?」
「まぁな。北村もか?」
「旦那とねー。ていうか何その頭、可愛いの付けちゃって」
 瀬人と北村セラミックスの社長夫人恭子は人の流れを外れ足を止めた。混雑するクリスマス・マーケットの市から離れ、瀬人の頭の柊について二人が盛り上がる。そして別な二人は、彼女らから二歩ほど離れた微妙な位置で、互いに会釈を交わしていた。
「どうも、いつもお世話になっております」
「こちらこそ。今日は……」
「いや、ただの荷物持ちですよ。お宅も?」
「どうやらそうだったようで」
 二人、瀬人と恭子の連れは相手の格好を見て苦笑いを浮かべた。モクバが持つのは紙袋二つに大箱一つと小箱一つ、北村社長が持つのは紙袋三つに小箱二つ、どちらも、自分の荷物は欠片も入っていない。そして瀬人と恭子の荷物はハンドバッグ一つ切りだ。
「ところで、明日はご在宅に?」
 やや不安げな北村社長に、モクバは「いますよ」と返し、それから「来ますよね」と念を押した。
「ええ、ええ勿論、いらっしゃるなら。いや、よかった、ご在宅で。妻にも付いてくるよう言われてたんですが、ここだけの話、あの輪の中に男一人だったらどうしようかと」 
「こちらこそ、来て頂けなかったらどうしようかと」
 心中お察し致します。男たちは、視線でそう言い合った。



The Date on Xmas 表遊戯×瀬人
「うわ、足元が揺れてるよ。重力がおかしくなったみたい」
 ブルーアイズ型空中ブランコから降りた途端、遊戯はよろめいて海馬の腕を掴んだ。同様に足元へきていたのを取り繕っていただけの海馬も、釣られてよろめく。
「いきなり引っ張るな! 危ないだろうが」
「あはは、海馬君も? ちょっと休もうか。結構並んだから、ご飯食べに入ってもいい時間だよね」
 どこかでご飯食べようか、どこがいいかな、運営者さんとしてはお薦めある? 遊戯の問いに、海馬はそうだなとポケットから園内地図を出して広げた。
「軽食なら未来館の傍で宇宙食をモチーフにした変り種を出しているが……落ち着いて食べたいのならアーケードか付属ホテルの開放フロアには本格的な店を入れているぞ。ただ、この時間だと間違い無く混んでいる。他は城の傍に大衆食堂形式の店と……あぁ、穴場ならホラーハウスの中にあったな」
 海馬の指がマップ上の一点、昼に入ったホラーハウスで止まった。そんなところに、と遊戯が驚いて頓狂な声を上げる。
「なんだ、気付いてなかったのか? アトラクションの入り口の左側に、もう二つ扉があっただろう。一つがレストランでもう一つが土産物屋だ」
「ええ? そんなのあったかなぁ。看板出てた?」
「出てたさ。墓石の影に」
 穴場として作ってあるから目立たないようにはしているがと海馬が言う。
「穴場かー、海馬君と一緒だと穴場でも何でも分かるね。ゆっくりしたいし、そこがいいな」
 比較的近くにいたこともあり、遊戯たちはすぐにそこへ向かった。昼間のホラーハウスに、今度は違う扉から入る。確かに近付けばメニュー看板も出ているレストランで、二人は灯りの少ない店内を二階のホール席に案内された。
「吹き抜けの下を見てみろ。さっきオレたちが通ってきた大広間だ」
「あ、本当だ! 幽霊が飛んでる」
 凄いなぁ、繋がってるんだ、と遊戯が感嘆を漏らす。海馬はメニューを流し見ながら、得意げに小さく鼻を鳴らした。



The Date on Xmas ヤンキー城之内君×緑瀬人
 ヘリで近くへ乗り付けると、劇場の周りには先程のパーティよりも更に着飾った人々が溢れ返っていた。色取り取りのドレスやタキシードのアクセントに、ここが日本かよと城之内は目を剥いている。
「ちょっと、どこ行くのさ」
「どこって、入り口あっちだろ」
「あっちは一般席。ボクらはVIPシート。入り口も別」
 こっち、と関係者用の札が掛かった通路へ海馬が進んでいく。カウンターでチケットを出すと、応対の男がパンフレットやクリスマスカードなど一式を海馬に渡した。更に海馬はそれを城之内に渡す。
「こんなトコでまで特別待遇かよ。社長さんはすげーなー」
「これはKCと関係無いよ。昼間のクレジットあっただろ、あれの優待制度」
「ブラックカードのお客様は特別に、って? パンフレット英語だしよ……」
 席に着き、城之内はクリスマス・オペラのパンフレットを捲った。全く読んでいないことを示すように、ページはぱらぱらと高速に移動している。英語じゃなくてドイツ語なんだけどね、と、海馬は心の中で小馬鹿にしながらそれを取り上げた。
「あ」
「キミでも解るように説明しておいてあげるよ。ヘンゼル、グレーテル、父、母、魔女、妖精たち。主な舞台は森とお菓子の家」
 海馬が役者紹介や演出説明の写真を次々に指し示していく。途中で、童話じゃんと城之内が口を挟んだ。
「そう。ただし、原典と違って母親は兄妹を森に捨ててないけどね。使いに行かせただけ」
「なんで変えてんの?」
「明るく楽しい家庭向け歌劇というコンセプトで作られたからさ」
 捨てたの捨てないのって重たいテーマは要らないんだよ。海馬の答に城之内は半分だけ納得する。
「なんで家庭向け歌劇をオレとお前が見るんだよ」
「ボクが個人的に好きだからさ。あぁ、そろそろ時間だ。説明はもういいね、パンフレット片付けといてよ」



The Date on Xmas 遊星×ジャック
「うわ、なんだこれ、今日は凄いな」
 再生工場から帰ってきた三人は、食卓に所狭しと並べられた料理に、喜びより驚きの勝った感想を漏らした。
「凄いだろ! クリスマスのご馳走だよ。昨日ジャックが持って帰ってきた荷物、この材料だったんだ」
「ああ、あれ、食いモンだったのか。クリスマスなんてオレらには縁が無いと思ってたけど」
「あったんだなー。うまそう、早く食おうぜ」
 タカとブリッツが急いた様子で椅子に座る。ナーヴも、あれはオレがこれは遊星がと得意気に料理を指差すラリーの言葉を聞きながら席へ回った。いただきます、と三人が手を合わせる。
「どれから食うか、迷っちまうな。こんなご馳走、見るのも初めてだし」
「やっぱ鶏だろ、クリスマスの定番だって言うじゃん」
 三人が取り皿片手にわいわい騒いでいるのを横に、遊星は黙々と魚介のバター焼きを食べ出した。味見と称し既に自分が担当した以外も一通り摘み食い済みのジャックとラリーも落ち着いたもので、特に気に入った料理ばかりを皿によそっている。
「美味しー! 皆、早く食べなよ。どれから食べたって美味しいよ」
「だが敢えて勧めるなら牛を食え! 自信作だ。遊星の」
「遊星のかよ」
「ジャックは、海老を焼いたあと会心の出来だと言ってた」
 その海老を頬張りながら遊星が言う。ラリーは、オレの自信作はまだ内緒、と言いたくなる口を押さえた。ラリーの自信作は、冷蔵庫の中で食後を待っている。
「じゃあオレ牛から」
「んじゃオレは海老」
「だったらオレは定番の鶏で」
 漸く何から食べるか決めた三人は、それぞれよそったものを口にして、殆ど同時にうめーと叫んだ。