The Date on Xmas 表遊戯×瀬人
 城を囲んだ道沿いに、人だかりが出来ていた。もうすぐ始まるパレードを見ようと集まってきた人々だ。遊戯たちも、その中へ混ざっている。
「あとどれくらい?」
「十五分。……道は見えてるか?」
 海馬は、平均より頭一つ背の低い遊戯を見下ろした。人ごみに埋もれ切っている。
「うーん、まぁ、見えてるかな? ちょうど隙間がさ……あ」
 数列前の人が姿勢を変え、隙間を塞いでしまった。階段の近くに移るか、と海馬が言う。歩き出した彼の後ろを遊戯が追い掛けた。
「あっ。ね、海馬君、先に行ってて!」
「先に? はぐれては――」
「大丈夫だよ、あそこの階段のところでしょ? 海馬君頭半分飛び抜けてるもん。すぐ見付けるから」
 ぱっと遊戯が走り立った。仕方なしに海馬は一人階段へ向かう。
 人垣はいよいよ厚くなって、目的の場所に辿り着いた海馬を幾分不安にさせた。こうも人が多くては、見付けるのは容易だとしてもここまで来ることができないのではないだろうか。人波を掻き分けられるほど力があるようにも思えない。
「寒いな……」
 小さく独り言を呟いて、海馬はゼニスブルーのマフラーを口許まで引き上げた。
「海馬君!」
 下方からの声に、海馬の不安が霧散する。人波を掻き分けるのではなく潜り抜けて、遊戯は海馬の前に立った。
「遅い」
「ごめんごめん、思ったより並んでてさ。皆考えることは一緒だよね」
 はい、と遊戯が細長い物体を差し出した。白い紙袋の、閉じ切られていない蓋から蒸気が漏れ出て夜の闇に溶けている。中身は見えないが、その温かさとサイズから、ホットドッグだなと海馬は見当を付けた。
「寒いから、温かいもの食べながら見たいなぁって」
 紙袋の上部を剥いて、遊戯はパンとソーセージだけのシンプル過ぎるホットドッグに齧り付いた。海馬もそれに倣う。
「あ、花火」
 遠くで、音楽が鳴り始めた。



The Date on Xmas 大人モクバ×ドミネーゼ瀬人
「まぁ、そんな大荷物で! 歩いて帰って来られたんですか? お車をお呼びになればよろしかったのに」
「いや、なんかね、歩道沿いのイルミネーションが綺麗だって……」
 歩いて帰ってきたのではなく歩かされて帰ってきたのだと、使用人たちに荷物を渡しながらモクバはこっそり肩を竦めた。それじゃ仕方ありませんわねと周りのメイドたちが軽やかに笑い声を立てる。
「あら、外は雪が?」
 瀬人のコートを脱がせ、磯坂がそう尋ねた。室温で既に融けかかっているが、袖や背中に白い氷の粒が付着している。ああこちらにも、と、箱を受け取ったポーターも雪の存在を知らせた。
「少し、な。冷え込むようなら積もるかもしれん」
「今晩冷え込むんじゃなかったっけ? 明日の日中も今日より寒い筈」
「では、道が凍らないように雪掻きをしておかなくてはなりませんわね」
 明日の朝は大変だとフットマンたちがささめき合う。そういった雑事は、あとで改めて彼らに任されるのだ。
「明日は大忙しですね。雪は降るし、お客様もいらっしゃるし」
「その客の一人にさっき会ったぞ」
「兄サマ、一人じゃなくて二人だよ」
「ん? あぁ、そういえば旦那と来たと言ってたな。いたか?」
 いたよ、とモクバが答えた。影が薄いといえば薄い人だが、いたか、とは酷過ぎる。影が薄いのも奥方の派手さが目晦ましになってで、一人としてみればそうでもない人であるのに。というか話し始めに夫人へデートかと聞いていた気もするのに。何度か仕事の上でも顔を合わせたモクバは、彼に少々の同情を禁じえない。
「パーティは明日として、今晩のお食事は?」
「クリスマス・マーケットで食べてきた」
「お菓子を、ね」
「本日分のカロリーを摂取してきた……!」
 言い直された科白に、またそういうことを、と磯坂が肩を怒らせる。
「オレは何か軽いの」
「瀬人様も一緒でよう御座いますわね。軽食を二人分、厨房に誰か」
 要らないと言っているのに! 瀬人の怒声を避けるように、フットマンが一人、行ってきますとホールを飛び出した。



The Date on Xmas ヤンキー城之内君×緑瀬人
 ぱちぱちぱち。ぼーっとする頭で、城之内は隣の海馬に合わせ舞台に拍手を送った。
 ヘンゼルとグレーテルは兄妹が魔女を倒し両親と再会するハッピーエンドで終わったが、そこまでは身振り手振りや舞台装置、最初の海馬の説明のお陰で理解できたが、そのあとで城之内の脳味噌はパンクした。
「なぁ、最後の何だったんだ?」
「何って?」
「歌だけのやつ。話は終わってた? よな?」
 何分言葉も解らなければ基本的な教養も乏しいのである。突如歌い出された曲の意味など、知る由も無い。
「今のなら、有名どころのクリスマス曲集じゃないか」
 知らないの、と思いっ切り馬鹿にして海馬が言ったが、知らないことが当たり前の城之内にその棘は突き刺さらなかった。
「知らねぇよ。ジングルベルと赤鼻のトナカイくらいしか」
「きよしこの夜は?」
「最初んトコだけなら。あ、もしかして三番目の曲それか? じゃなくて」
 今の曲は物語とは切り離されたおまけのようなものだったのか。
「つうかさ、途中で気付いたんだけど、この舞台英語ですらなかった?」
 よく気付いたねと言われ、城之内は得意気になった。海馬は褒めていない。褒めているかもしれないが、だとしたら一足す一を解いた幼児を相手にしている感覚だ。それを幼児でない城之内に適用するのは、つまり馬鹿にしている。
「だよなぁ、ディスもイズも出てこないから、だと思ったんだ。ホントは何語だったんだ?」
「ドイツ語だよ。さっきの歌も、皆ドイツの民謡」
 鼻歌でその内の一曲を再現しながら海馬が立ち上がった。オペラに終幕後のアンコールは無く、他の客も、既に幾らか席を離れている。
「さ、出よう。今から帰ると童実野町に戻る頃には九時過ぎだね。晩御飯は屋敷で? それともレストランがいいかな」
「どっちでもいいけどさぁ。そんな急ぐなって」
「だって、時間が無いじゃないか。ドイツ式の敬虔なホーリーナイトもいいけれど、やっぱり日本式に、別の『性夜』も過ごさないとね」



The Date on Xmas 遊星×ジャック
 食卓いっぱいの料理は、始めから一食分でもなく、ある程度食べ進められたところで残りは明日にと片付けられた。既に程よく腹を膨れさせていた面々に文句は無い。食卓の上が空になると、遊星とジャックは揃って席を外した。
 ジャックは『ラリーの自信作』のための紅茶を入れにキッチンへ、遊星は三徹の成果を取りに作業場へ。それぞれ別の場所へ行ったのだが、帰ってきたのは遊星の方が早かった。
「本物の樅の木は無かったから」
 作った、と、最後まで言わせずラリーが歓声を上げた。
「クリスマスツリーだ! 電飾も付いてる!」
 鉢植えサイズを模した小振りのツリーには、根元から伸びるコードに連なって、電球が付いていた。電源部は鉢の中に隠してあるのだ。遊星が鉢の裏のスイッチを押すと、電飾は金属の枝葉の間で柔らかい光を湛え出した。赤み差す金色の素材に反射して、光がツリー全体をぼんやりと光の幕で包み込む。幻想的な光景には、ラリーだけでなくナーヴたちも驚嘆を示した。
「綺麗だな……有り難う遊星! ジャック、ジャックも見てこれ!」
 遊星からツリーを受け取ると、ラリーは弾むようにしてキッチンに駆け込んだ。ちょうど各カップにお湯を注ぎ終えたところのジャックが、コンロにやかんを戻している。
「遊星が作ったんだよ! 凄いよね、きらきらしてさ、凄いんだ」
「凄い以外の感想は無いのか?」
「だって凄いんだよ!」
 これだけ喜ばれれば三徹の甲斐もあるだろうなとジャックは昨晩机に向かっていた遊星の背中を思い起こした。記憶の中の背中は随分草臥れていたが、まぁ、これだけ喜ばれたならいいものだろう。
「さて、ツリーに喜ぶのもいいが、お前にも皆を喜ばせる用意があるのではないか?」
 冷蔵庫に視線をやりながらジャックが問う。ラリーは、あっと言ってジャックと冷蔵庫の間をうろうろ落ち着かなく動き出した。それから、思い付いたようにジャックへツリーを差し出す。
「ジャック、これ持っててよ」
「何?」
 条件反射で突き付けられたものを受け取って、ジャックは一歩後ろに下がった。ラリーが冷蔵庫を開けて食後のお楽しみを取り出し、食堂へ向かう。
「皆注目! ケーキ様の登場だぞ!」
 やんやと囃し立てる音を微かに聞きながら、ジャックはツリーを調理台に置き、並べられた不揃いのカップからティーバッグを出して捨てた。



The Date on Xmas 大人モクバ×ドミネーゼ瀬人
「タイム」
「正当な理由があるなら」
 寝台の上で、すなわちこれからという時に発動されたタイムに、モクバは明らかな不満を持ちつつも譲歩した。まあ、偶にあることだ。そして正当な理由はいつも無い。
「食べたばかり……」
「っていうほど食べたとこじゃないよね。しかも殆ど食べてないよね」
 反論されるとそこで詰まるのもいつものことだ。仕事中の、冴え渡り過ぎて刺々しいまでの弁論術はどこへ行ってしまっているのだろう。疑問は端に置いて、モクバは瀬人の横に寝転がった。
「で、今日は何さ」
「今日はとはなんだ今日はとは。いつも拒み倒しているかのような言い方をするな」
「いや、だって、五回に一回くらい止めるよね」
 途中で、の話である。疲れてる、気分じゃない、最初に言う分には大人しく引き下がりもするが。
「生殺しもいいとこだよ。ここまできてから止めるなんて」
 盛り上がってきた頃に些細なことを思い出して静止を掛ける癖は、是非とも直して欲しい。
「肉が」
 ぽそりと、瀬人が呟いた。肉? さっきのサンドウィッチに挟まっていた? いやこのタイミングでそんな筈は。
 モクバの手が瀬人の服を捲った。
「ああ……薄っすら?」
「マーケットで食べたジンジャークッキーとグミが憎い!」
「別にお菓子を憎まなきゃいけないほどじゃなくない?」
 薄っすら肉付きが良くなってはいるが、まだまだ痩せ型の範囲だ。だいたい、比較対象が過去の自分の時点で間違っている。男から女になれば体脂肪率が上がるのは当然なのだから。むしろホルモン剤が正常に作用しているようで良かったとさえ言えるのではないだろうか。
「気にならないか?」
「ならないね」
「だがオレは気になる」
「気にしない気にしない。それに、太ったっていうなら余計に運動すべきだよ。ほら、フランス式ダイエットとか言うし。兄サマ上に乗る?」
 仰向けになったまま、モクバが腕を広げた。瀬人はその口車に乗る。



The Date on Xmas 表遊戯×瀬人
 人がごった返すアーケードの店で、遊戯と海馬は閉園の案内を聞いた。
「どうしよう、もう十時だって。まだお土産買えてないのに」
「大丈夫だ。新規の客は入れないが、今店内にいる客が出切るまでは営業してる」
 何を買うんだ、と海馬は遊戯の手許を覗き見た。『遊戯』の買うものが気になる恋人の視点半分、『客』の買うものが気になる経営者の視点半分で。
「それが、なかなか決まらなくて。マ……母さんに、海馬ランドに行くならお土産よろしくねって言われたんだけど、何がいいかなぁ」
「母親にか」
 海馬が一緒になって考え込む。手近なお菓子缶や絵皿、陶器人形の上を彼の視線が左右した。
 売れ筋は低価格帯のクッキー缶やチョコレート缶だ。愛らしくデフォルメされたブルーアイズ――間違っても無様に歪められたトゥーン姿ではない。トゥーンの何が気に喰わないかといえば洗脳でもされているかのような眼だ――が踊る図柄の缶は成人女性を中心に人気の品であるし、万が一図柄が受けなくとも中身が菓子であるから、そうがっかりさせることは無い。
 計算を終えると、海馬は棚から三つの缶を取って遊戯に渡した。
「この辺りはお前の母親くらいの層に人気の品だが、どうだ?」
「あ、お菓子缶だね。うん、母さん甘いもの好きだしこういう缶集めて小物入れにしてるしちょうどいいかも」
「一応、他のモンスターの柄もあるぞ。さすがに全種ではないが、特に人気の高いものや各種族の代表的なモンスターなら。お前の母親の好みは?」
 幻想的な妖精や魔術師、いかにもな騎士風の戦士、アメコミ調の獣、カードを知らなくても好みは出る。遊戯は昨夜の母親との会話を思い浮かべた。
「うーん、でも、やっぱりブルーアイズだな。海馬ランド、って感じがするのがいいみたいなんだよね」
 渡されていた三つの内、暗い青地の缶を遊戯が持ち直した。缶には、ブルーアイズをメインに、他の幾らかのモンスターも列を成して描かれている。どのモンスターもがクリスマス仕様の格好で、城や園内に多数設置されているワゴン、噴水の合間を縫って行進しているのだ。暗い青地は夜空の表現らしく、ところどころに花火が上がっている。
「これにしようかな。これ、さっきのパレードみたい」
「あぁ、そういうコンセプトでデザインさせたやつだな。この冬限定販売」
 限定の言葉が背中を押す力は半端無い。
「じゃあ買ってくるね。ええと……」
「ドアの外で待っている」
 レジの近くのドアを海馬が指差した。



The Date on Xmas 遊星×ジャック
 ケーキに紅茶。サテライトには稀である優雅な一時は、気付けば実にサテライトらしい安酒にての宴会に変わっていた。かろうじてラリーだけジュースだが、他は皆グラスに酒を注いでいる。全員未成年だが、サテライトの、それもこんな地下のアジトで、誰が何を言おう。おまけに彼らの飲んでいる酒のラベルには、シティではお決まりの「未成年の飲酒は法律で禁止されています」の一文も無い。むしろメーカー名もバーコードも無い。密造酒。未成年の飲酒以前の問題である。
「でさ、工場長がまた酷いんだよ」
 ブリッツが遊星に向かってくだを巻く。聞いているのかいないのか解らない態度だが、遊星はちゃんとくだを聞いていた。そして逃げ遅れた、と思っている。
 ナーヴとタカはソファに移動し差し合いで呑んでいる。ジャックは風向きが怪しくなったのを見て取ると、ビン一本を持って奥の部屋へ引っ込んでいった。そして今、酔っ払いの相手などしてられないとばかりに、ジュースを抱えたラリーもそそくさと部屋を出て行ってしまったのだ。
 ラリーは、多分ジャックのところに退避したのだろう。羨ましい。オレもそっちに行きたい。心の中で遊星はそう訴えた。無論、口に出さない訴えなど誰にも届かない。
「おい、遊星、聞いてるかぁ?」
「ああ、聞いてる。ラインの速度が尋常じゃないんだろ」
 こうして聞かれた時に答えるだけでそれ以外は特に口も挟まなければ相槌も打たない遊星を相手にするのと壁を相手にするのはそう変わらないような気がするが、ブリッツにとってはそうでもないらしく、遊星はかれこれ数十分この状態でいるのだった。いっそさっさと潰れてもらおうと積極的に酌はしているが、なかなかその気配も見えない。
 あっちに行きたい。ジャックとラリーが消えた仕切りカーテンの向こうを、遊星は恨めし気に見詰めた。



The Date on Xmas 大人モクバ×ドミネーゼ瀬人
 月明かりを頼りに手鏡を覗きながら、瀬人が頬を撫でた。
「何やってるの」
「いや」
 鏡をサイドテーブルに置き布団の中に潜り込むと、瀬人は先に入っていたモクバを枕に寝心地の良い姿勢を探り出した。定位置を見付け、よし、と呟いてから切り上げられたように見えた鏡の話を続ける。
「近頃すこぶる肌の調子がいいんだが、いいセックスをしていると調子が上がるというのは本当だろうか」
「え、その話題オレに振るの?」
 肯定すれば自画自賛、否定すれば自虐である。当人としてはノーコメントを貫きたいところだろう。何をしてるのかなんて聞かなければよかったと、モクバは遅い後悔をした。
「少し前はどうにも荒れやすくてな。その話を小百合にしたら、そう言われたんだ。静香も聞いたことのある話だと」
「ちょ、外でなんて話」
「実際、少し前までお預けだっただろう。術痕が塞がったはいいが拡張に手間取って」
「あんまり生々しい話は聞きたくないなぁ……」
「時期的にちょうど重なるんだ。北村は若い子の精気吸い取ってるからじゃないのと言うんだが」
「兄サマ忍ぶって言葉知ってる?」
 噛み合わない会話が虚しく天蓋の内に響く。精気は吸い取られるより失われてる方が多いんじゃないかな、と、モクバは突如感じた疲労にそう思わざるを得なかった。多分、失われている。今まさに。
「忍ぶくらいオレの辞書にも載っているわ。だがそもそも何を忍ぶことがある」
「やー……オレたちの場合割と結構あるんじゃない?」
「愛の前に性別なんて」
「それバイの人が言わなきゃ説得力無いと思うんだ」
「というか間違えたな。愛の前に近親だなんて」
「もの凄く同意だけど、ほら、慎みとゴシップ的にさ……」
 ゴシップ程度で傾く海馬コーポレーションではないが、週刊誌に載るのはもう懲り懲りなのだ。女になりました会見のあとの、マスコミ連中の猛攻といったら! あのうんざりする状況を思い出して、モクバは深く溜息を吐いた。
 瀬人の目の冴え具合からいくと、溜息が寝息に変わるにはまだ暫く掛かりそうである。