The Date on Xmas 表遊戯×瀬人
 朝、遊戯は奇妙な浮遊感で目を覚ました。
「んー、何? 今の」
 眠い目をこすり、スプリングの利いた寝台の上で身体を起こす。ぼよん、ぼよん、とマットが波打っているということは、浮遊感を与えた犯人はスプリングだ。スプリングがこんなに激しく揺れるということは、隣にいた海馬が寝返りどころでなく身体を動かした、つまり飛び起きたのだ。
「海馬君? どうかした?」
「……とだ」
「え?」
「今日は仕事だ! 寝過ごした!」
 言うなり、海馬は天蓋を飛び出した。ややよろめき気味に浴室へ向かう。
 遊戯は察知しなかったが、海馬は目覚ましの音で目を覚ました。目覚ましを止め、あぁ今日は出社かそういえば昨日遊戯に言わなかったな、とそこまで思って、昨日目覚ましを出社用に合わせ直さなかったことに気付き蒼白になったのである。
 気の利く執事は、当然のように今朝は部屋へ入ってこない。あまりに遅くなればメイドがノックをしにくらいは来るだろうが、そこから昨夜の後始末をしていてはもう間に合わない公算が高くなっている。
「海馬君海馬君、平気? 手伝おうか?」
「いいから服を着てシーツを剥いで部屋の方を片付けて帰――貴様ぁ、何だこれは! いつ付けた!」
「え? え? なんの……ああ! ごめんなさい!」
 ばたばたと遊戯は浴室の戸の前から寝室へ逃げ帰った。いつ付けた、と聞かれるようなことはあのあらぬ場所のキスマークしか思い付かない。やっぱり怒った、と身を竦めながら遊戯は皺だらけのシーツを捲り籠へ入れた。



The Date on Xmas 遊星×ジャック
「あ、おはよう遊星。今日は遊星の方が早起きだね」
「いや、ジャックが先に起きた。多分すぐ来る」
 いつまで乗っているつもりだいい加減重いわ、と横に転がされて遊星は起きたのだ。
 遊星の目が食堂を見回し、キッチンへのカーテンや食卓の上を経てラリーのところで留まる。何? と少年は首を傾げた。
「皆は」
「あー。早くに出てったみたい。書置きしてあった」
 これ。ラリーが遊星にメモを渡す。そこには、乱雑な字で『今日オレら八時からだからもう出てくな。昨日の残りちょっと貰ってったし。』と書かれていた。
「八時? 何でそんな早いんだ。いつも九時だろ」
「あれ? 年明けまで変則シフトだって言わなかったっけ? あ、そっか、その話した時遊星まだ寝てたんだ」
 ラリーは一人納得しながらキッチンへ入った。お腹減った、昨日の残りものでいいよね、と遊星に問い掛ける。しかし、構わんぞとの応えは遊星の後ろから返った。
「あ、ジャックおはよー」
「あぁ。……遊星、何を持っている?」
 問うだけ問うて、ジャックは答を待たずそれを遊星の手から取り上げた。一目見て、ふん、と鼻を鳴らす。
「何時に帰ってくるかを書いていないではないか。全く役に立たん書置きだな」
「だよね。いつもと同じ八時間かなぁ」
 三人分の朝食を乗せた皿を手にラリーが戻ってくる。遊星とジャックが食卓に着いた。
「あいつらが弁当に持っていったようだが、まだ大分余っているのか?」
「結構ね。未調理の合わせたらいっぱい。ジャック勝ち過ぎだよ、これで当分ご飯の心配しなくていいけどさ」
「ライフ差一ごとに百グラム分ものを持っていく条件でデュエルをしたら、少し圧勝し過ぎてな」
 重量を喰う缶詰やら酒やらまであったのだから、その圧勝振りを想像するのは容易い。
「日持ちするものはいいが、そうでないものはどうするか……」
 ジャックは朝っぱらからローストビーフを突付きつつ多過ぎた戦利品の処遇に頭を悩ませた。



The Date on Xmas 大人モクバ×ドミネーゼ瀬人
「庭の雪はどの程度残しましょうかと庭師が」
「お召しものは」
「こちらはどうしましょうか」
 瀬人様、瀬人様、瀬人様。使用人に丸投げで気が済む場合には違うのだろうが、あれこれと自分で決めたがる場合には、パーティの日に忙しいのは館の主もである。
「雪は道の周りと枝の弱い木からだけ除けてあとは積もるに任せておけ。服は先週買ったパフスリーブのがあるだろう。あぁ、それはあれだ、あっちに」
 瀬人の指示に合わせてメイドやフットマンが慌しく働く。恐らくは今頃厨房も戦場と化している筈だ。ポーターたちもホールの清掃や来客を迎える準備に余念が無い。
 ちなみに、モクバはこの戦場から逃げ出した。ちょっと様子見てくる、と必要も無いのに本社へ向かったのが三十分ほど前――朝食の直後である。
「瀬人様、シェフがセラーへ入る許可を頂きたいそうです」
「セラー? セラーなら大門に任せているだろう」
「その大門さんが捉まりませんので。早急に、料理酒に使って構わないものが欲しいと」
「あぁ、解った、好きなものを持って行かせろ。大門には事後承諾でいい」
 あれもこれも、指示を仰ぎ、指示を出され、来客前が海馬邸のもっとも忙しい時間となる。気の置けない友人たちの集まりだが、パーティという形式を取る以上、普段のような迎え方ではドミネーゼの呼称が廃るというもの。そして使用人たちも、行事ごとは、普段の仕事よりきつかろうと盛り上がるものだ。
 結果、無駄に力が入った状態でパーティの準備は進んでいるのだった。



The Date on Xmas ヤンキー城之内君×緑瀬人
「うわー、改めて見るとスゲェな」
 お荷物が届いております、と執事に呼ばれて行ってみれば、ホールに化粧箱の大群が押し寄せていた。全て、昨日海馬が買った城之内の服である。開けても開けても服。しかもスーツや礼服ばかり。
「プレゼントっつーけど、こんなに、持って帰っても仕舞うトコねぇぞ」
「じゃあ置いて帰れば? どうせしょっちゅう通ってるんだし」
 全然プレゼントらしくねぇなと言う城之内に、一応服以外も用意してるけどと海馬が答える。一応、だから海馬的には大したことの無いものなのだろうが、城之内には充分だ。
「あれ、けど、今年のプレゼントは服って言ったじゃん」
「それは何か好きなもの買ってあげようと思ってたのの変わりに、だよ」
「そんじゃ有り難く。あ、着てったヤツ発見」
 一つだけ段ボール箱に入れられていた服を城之内が出す。現在は来客用の服を着せられているが、落ち着かないし早く自分の服に着替えてしまいたいと思っていたところだ。
「ま、この服は海馬んトコに預けとくとして。部屋戻って着替えたいんだけど」
「あぁそう? じゃあ、この服はボクの衣装部屋の中に入れておいて。城之内君、着替えはこっちでね。ポーターの邪魔になるから」
 こっち、と引っ張って行かれた談話室で城之内は手触りの恐ろしくいい服を脱いだ。元々自分が着ていた服装になって、ほっと息を吐く。
「で、それ何?」
 人心地付くと、珈琲テーブルの上に乗った箱が目に入る。テーブルの面積の大部分を占める箱は、ラッピングに使うようなリボン付きシールが貼られているだけのダンボールだ。
「プレゼントってとこかな。一応、のだけど、キミにとってはメインかも」
「へぇ、何が入ってんの?」
 見てごらんよとの言葉に従い、城之内が箱を開ける。おお、と喜びの声が上がった。
「やっぱお前は解ってるぜー!」
「解りたくないんだけどねぇ」
 巨大段ボール箱の中身は、米と、海馬コーポレーション謹製レトルト食品の詰め合わせである。



The Date on Xmas 表遊戯×瀬人
 枕元の携帯が震え、遊戯はゲームを中断した。携帯を開き、新着のメールを読む。

Time: 12/25 10:31
From: 真崎杏子
Subject: メリークリスマス!
今駅前で本田と会って、皆暇そうなら集まって遊ばないかって話になったんだけどどう?
来れそうなら、駅で待ってるからメールしてね音符

「今日かぁ。暇だよねー」
 海馬邸から追い出され家で一人ゲームをやっていただけなのだから、断る理由はどこにも無い。遊戯はセーブをしてゲームの電源を落とすと、「今から行くよ」と短いリターンメールを送信した。コートを羽織り、昨日貰ったばかりのマフラーを首に巻く。
「えっと、財布財布……あ、昨日の鞄の中だ」
 ものの数秒で支度を済ませ、遊戯は二階の部屋から下へ階段を駆け下りた。連絡口から開店休業状態の店へ出る。
「何じゃ、今日も出掛けるのかの」
「あ、じーちゃん。うん、さっき杏子からメールが来て、皆で遊ぶんだ」
「おお、そうかい、気を付けて行ってくるんじゃぞ」
「うん、あ、ママに遊びに行ったって言っておいて! じゃあ、いってきまーす!」
 ちょうどバスの時間が近く、遊戯は停留所に向かって走った。軽いマフラーの端がひらひらとたなびく。少し昨日を思い出して、遊戯は口を緩ませた。



The Date on Xmas 遊星×ジャック
 結局、多過ぎた戦利品はお裾分けという形で消費されることに決まった。調理場には二つの折り詰めが並んでいる。
「マーサのところに行けばいいんだな」
「あぁそうだ。オレがクロウのところへ行く」
 折り詰めの一つを持って、それからジャックは冷蔵庫の横に置かれた袋に視線をやった。
「……菓子類も少し持っていってやるか。ガキどもが喜ぶだろう」
 袋の中身は、常温保存の菓子や缶詰である。縛っていた口を開け、ジャックはチョコレートやクッキーといった菓子の大袋を取り出した。
「この辺、ダブってるからな。おい、遊星。お前も持っていけ」
 袋を二つ、遊星に向かって投げる。同じ菓子を持ち、折り詰めと一緒にしてジャックはキッチンを出た。
「あ、ジャック出掛けるの?」
「クロウのところへ行ってくる。遊星もマーサのところに。昼頃には帰る」
「ん、いってらっしゃーい」
 ラリーの声を背に、二人はアジトを出て地上に向かった。途中までを揃って、その先を別れて歩く。暫く行くと、ジャックの目に先の無い橋が見えてきた。袂の瓦礫の隙間から、オレンジの髪が覗いている。
「クロウ!」
 呼び掛けに、彼と、彼に纏わり付く子供たちが姿を現した。



The Date on Xmas 大人モクバ×ドミネーゼ瀬人
「ハーイ、来たわよ社長」
「あ、海馬さん、こんにちは。お邪魔しまーす」
 派手な衣装に身を包んだ北村夫人と清楚なワンピースの静香が揃ってホールへやってきた。彼女たちの髪に付いた雪が暖炉の熱に融ける。
「何だ、二人一緒か」
「そこで一緒になったのよ。あ、旦那も来てるんだけど、今車庫に案内されてるわ」
 恭子の言葉に、瀬人の後ろへ控えていたモクバはそっと胸を撫で下ろした。昨日の約束を反故にされたかと、一瞬疑ったことを心で詫びつつ。
「瀬人様、もう一方――」
「メリークリスマス瀬人ちゃん! あれ持ってきたわよー」
「小百合」
 瀬人と張る高身長のブリーチブロンドが、ハイテンションで四人の前に紙袋を掲げた。中身を知っているのは瀬人だけだが、恭子と静香もノリで手を叩く。
「食べるのあとでしょ? 冷暗所に置いといた方がいいと思うんだけど」
「あぁ、そうだな。磯坂」
「お預かりしますわ」
 家政婦に紙袋を渡し、小百合は服の雪を払った。殆ど水に近いみぞれが辺りへ飛ぶ。
「また降り出したのか」
「除雪車出てるみたいよ。アンタんトコのフットマンたちも大変そうじゃない」
「ウチの旦那もチェーンがどうとかって出掛けにわたわたやってたわぁ。けど、ま、他人事だと思うと素敵よね。ホワイトクリスマス」



The Date on Xmas ヤンキー城之内君×緑瀬人
「そういやオレもプレゼントあんだよ。あとで取ってくる」
 米とレトルト食品に喜んだあと、城之内は海馬にそう言っていた。そして今、言葉の通り彼は自宅へ戻っている最中である。本当は早朝新聞配達のついでに取ってくるつもりだったのだが、昨日伸した奴らとその仲間が家の前に張っていたため、あとででいいかとユーターンしたのだ。
 しかし現状を見るにユーターンは無駄だったようで、アパートの下で溜まっているヤンキーたちに城之内は顔を顰めた。
「なんか増えてるしよ……」
 一、二、三、四、と指で指しながら数えてみる。九、で止まって城之内は頭を掻いた。
「昨日の奴らは雑魚だったからいいとして、他がどうだかなぁ。どこの奴らだろ」
 もし隣玉とかだったら逃げよう。雑魚抜いても隣玉相手に五対一はキツイし面倒だし。後ろ向きな決意をして、城之内は彼らの前に歩き出た。
「あ、コイツっすよ、コイツ」
 頬を腫らした男がそう言って立ち上がった。全体的に雑魚っぽいし隣玉は違うかなと、城之内は挑発気味に口を開いてみる。
「おーおー、男前になっちゃって。てめーらどこ校だ」
「尾瀬呂だ馬鹿野郎!」
「尾瀬呂ぉ?」
 どこだっけそれ。珍しく頭をフル回転させ、それから城之内はああ、と手を打った。東の方の軟弱校だ。確か。
「んなガッコとやれっかよ。オレの格が下がんだろーが。散れ散れ」
「な、舐めてんじゃねぇぞ! てめーだってたかが童実野らしいじゃねぇか、こっちが何人いると思ってんだ」
「九だろ。内四名負傷済み」
 面倒くさいなと思いながら、城之内は拳を構えた。面倒くさいが、散らないんだから仕方ない。路地に誘い込めば雑魚九人くらいはどうにかなるだろうし。面倒くさいけど。
「つーかさぁ、お前らオレのこと知らねぇの?」