The Date on Xmas 遊星×ジャック
「あ」
 冷蔵庫の前に座り込んでいたラリーと、ジャックの目が合った。暫く見合って、ラリーが根負けする。だって、と彼は言いわけを始めた。
「だってさ、帰ってくるの遅いんだもん。待ってようと思ったのに」
「それで菓子を摘み食いか。先に食べてればよかっただろう。飯を」
 バタークリームの入ったボウルを抱え、パンを銜えたままラリーが頬を膨らます。
「何だ」
「一人で食べても詰まんないよーだ」
「一人? あぁ、遊星もまだなのか。マーサのところの方が近いだろうに」
 しょうのない奴だなと呟きながら、ラリーの向かいにジャックが腰を下ろす。
「ジャック?」
「オレにもパンを一枚寄越せ」
 出された手に、脇に置いていたパンを一枚ラリーが差し向ける。ジャックはそれを取り、ボウルのスプーンでクリームを掬うとパンの上に落とした。
「え、ご飯じゃなくていいの?」
「一人で食べても詰まらないんだろうが」
 言いながらジャックはパンを齧った。対面には、きょとんと不思議そうな顔をしたラリーがいる。今ここにいるのは、一人ではない。
「遊星、が」
 説明させるなとでも言いたげに、ジャックはじと目でラリーを睨んだ。



The Date on Xmas 表遊戯×瀬人
「何かちょっと、小腹が空かない?」
 遊戯の言葉に、その場にいた全員――杏子と本田、それに獏良と御伽が頷いた。
「昼はハンバーガーだけだったしね」
「ボク何か甘いもの食べたいなぁ」
「クリスマスらしくケーキとかいいわよね」
 ケーキ。それならいいトコ知ってるぜと、本田がやや愉快そうに告げる。本田とケーキ屋の取り合わせに皆懐疑的だが、まあいいから付いて来いよと言って彼は歩き出した。
「こっちの、すぐ近くだからよ。裏手んトコにあんだ」
「あー、そういや評判ね。本田が知ってるなんて意外だけど」
「ま、諸事情ってヤツだよ。お、ほら、そこの看板」
 前方にお洒落な洋風の店が見える。店内での飲食だけでなく買って帰ることもできるのか、ちょうど白いケーキの箱を提げた女性客が出て来たところだった。彼女と擦れ違って、遊戯たちが扉を開ける。
「いらっしゃいま――ゲッ」
 遊戯たちを出迎えた店員は、主に本田の顔を見ると、心底嫌そうに蛙の潰れたような声を出した。
「うっわ、似合わねーなーお前! ギャルソンかよ!」
「やだぁ、城之内じゃない。それで本田が知ってたのねー」
 かっちりしたベストに黒い腰エプロンは、確かに普段の雰囲気ではない。似合ってないとは言わないけど見慣れないなぁと、遊戯も心の中でその格好に評価を下した。
「んだよ、これ着てっと三割り増しでモテんだぞ」
「元がゼロのところに三割り増ししたってゼロのままだろ?」
「テメ、言ってくれんじゃねーか。オレはお前よりはモテんだからな、この失恋大将」
 どんぐりの背比べだねと御伽が肩を竦める。どんぐりの背比べだろう、ファンクラブのある御伽や獏良にしてみれば。
「誰がどんぐり、つかお前らだってクリスマスに淋しく団体行動してんだろーが。なぁ遊戯」
 話を振られ、遊戯は曖昧にえへらと笑った。デートはイブに済ませたと、この流れでは言えない。この流れでなくても言えない。
 幸い皆遊戯の笑いを苦笑と取ったようで、追求の手は伸びなかった。話を切り上げ、城之内が遊戯たちを奥の席へ案内する。メニューを開いて、美味しそう、と杏子が歓声を上げた。



The Date on Xmas 大人モクバ×ドミネーゼ瀬人
 彼女たちの前に、ワゴンが一台運ばれた。ワゴンには、ポットにティーカップ、揃いの皿とフォークにナイフ、それから長方形のギフトボックスが乗っている。
「開けるわよー、見て驚きなさい」
 小百合がギフトボックスに手を掛けた。持ってきた紙袋の中身がこの箱だったのだ。彼女が差込口を外すと、箱は展開図のような開き方をしてその中に抱えていたものを顕にした。
「あっ、可愛い!」
「ちょっと凄いでしょ? ブッシュ・ド・ノエル、ブルーアイズの隠れ家風。手作りよぉ」
 チョコクリームで覆われたロールケーキには飴細工やドライフルーツが飾られ、丸太の陰で冬篭りする小動物の巣を思わせる様相になっている。ただ、切り株の影や丸太の上から顔を覗かせるのは栗鼠でなくマジパンのブルーアイズなのだが。
「これ、小百合さんが作ったんですか?」
「半分アタシ、半分瀬人ちゃん。マジパン製作は瀬人ちゃん」
「通りで。好きねぇブルーアイズ」
 マジパンのディテールは半端無く細かい。いつ作ってたの、とモクバが横の瀬人に尋ねた。
「この間小百合の家に行った時だ。その時に仕込みまでやった」
「で、昨日の内にアタシが仕上げ。我ながら傑作だわー。写真撮る?」
「撮る撮る。ちょっとアナタ、シャッター押してよ」
 先程から大活躍のデジカメが北村社長の手に渡る。ケーキを前にきゃっきゃとポーズを取る女たちから、モクバは写真の枠外へ出る程度、静かに距離を置いた。



The Date on Xmas ヤンキー城之内君×緑瀬人
「喧嘩してきたね?」
 さすがに無傷とはいかず頬に擦り傷を作ってきた城之内を見て、海馬はそう断じた。
「すぐ戻ってくるって言ったくせに遅いし、何をしてるのかと思えば。あぁやだやだ、野蛮だったらないよ」
「仕方ねぇだろ? ウチの前に溜まられてたんだからよ」
「家の前に張り込まれるような何をしたのさ」
 う、と城之内が言葉に詰まる。詰まって、それはいいからと彼は本題を思い出した。
「んなことより、ほら。これ、プレゼントな」
「……え。プレゼントってそれだったの?」
 それ、と海馬は城之内の抱えてきた巨大な鰐のぬいぐるみを指差した。何か持ってるなぁとは思っていたが、まさかそれをプレゼントと言われるなんて予想外である。
「しかもプライズ品だし」
「可愛いだろ、鰐。結構苦労して取ったんだぜ」
 連コインしたもんと長さ一メートル強はありそうな鰐を海馬に押し付ける。連コイン。ゲームセンターの景品だ。小さいサイズの掴みにくい引き換え札を落とすと貰えるタイプだった。
「けどまたなんで鰐」
「え? 可愛いだろ? ちょっと間抜け面でさ」
「……ボクとキミの美的感覚が大いにずれてることは理解したよ」
 キミに好かれてる自分に疑問を持った、とまでは言わなかった。少し思いはしたのだが。
「まぁ、可愛いかどうかはともかく、プレゼント自体は嬉しいよ。有り難う」
 問題はどこに置くかかな、と、海馬は巨大な鰐を抱えて部屋を見回した。



The Date on Xmas 遊星×ジャック
「クロウのところに行ってきたのか」
 夕飯の席で、雑談からジャックが日中の話をした。どうにもあまりそうな分を、クロウのところとマーサのところへ、分担して分けに行ったという話だ。
「けど、クロウのとこってアレだろ、ブリッジの近くだろ。あの辺ギャングが出るらしいじゃん。よくそんなとこ一人で行くよな」
 ナーヴの科白に、ジャックは首を傾げた。確かにあの辺りは物騒だが、それはサテライトならどこもそうだというレベルで、正直この辺と大差無いのではないだろうか。それに、クロウもここは割りと住みやすいとしか言っていなかった。ギャングが出るなら一言くらい注意があってもしかるべきだ。
「今日行った感じでは、特に物騒ということも無かったぞ? どこで聞いた話だ」
「どこって、あっちのエリアから来てる奴らがさー。工場の奴らだよ」
「クロウは何も言っていなかったが……」
「あれ? おかしいなー。ギャングが縄張りにしてて怖いって」
 お前らも聞いたよな、との問い掛けに、ブリッツとタカも頷く。ジャックはますます首を傾げた。
「というか、そのギャング、クロウのことじゃないのか」
 ぼそりと遊星が呟く。あ、と四人の声が揃った。
「でもってちょくちょく尋ねてく遊星とジャックのことだな」
「だろうな」
 そのエリアでは暴れたことのないジャックが不満そうに唇を曲げる。まあまあ、とブリッツが彼を執り成した。
「オレらは慣れてるけどさ、普通大人しく再生工場に通ってるだけの奴には、賭けデュエルだとか闇市商売だとかって聞くだけでも、ちょっと怖いモンなんだって」
 慣れりゃ、こうやっていいモン食わしてもらえるし、感謝感謝だけどな。鶏肉を頬張りながらブリッツが言うのに、ジャックはふんと拗ねた調子で顔を逸らした。



The Date on Xmas 表遊戯×瀬人
 杏子たちと別れて、遊戯は帰りのバスに乗った。中途半端な時間だからか乗客は多くない。開いている一個席に座り、窓の外を眺める。
 あ、これ大回りの路線だ。バスが動き出してすぐ、遊戯はそのことに気付いた。普段よく使うバスと、アナウンスされた路線番号が異なる。この番号だと、基本は同じ道だが途中で私道に回り込み、二つか三つ余分に停留する路線の筈だ。
 遊戯にとっては遠回りになるバスだが、まあいいや、と彼は幾分機嫌良くそのアナウンスを聞いた。大回り路線に組み込まれている私道は、海馬コーポレーションの所有である。
 幾つかの停留所を通過して、バスが私道に入った。見覚えある大きなビルへ近付くにつれ、遊戯の心が少し弾む。
「海馬コーポレーション前ー、お降りのお客様は――」
 ボタンは押されなかったが、バスは止まった。新たに数人、仕事帰りと思しき集団が乗り込んでくる。
「いやぁ、この冬の商戦は調子がいい」
「今年は社長のメディア露出が後押しをしてくれているからな」
「社長と言えば、今朝の見たか?」
 今朝の? 遊戯が彼らの会話に聞き耳を立てる。
「十分遅刻で会議室に駆け込んだところなら見たぜ。廊下走ってたんだろ、あの社長が遅刻なんて珍しい」
「それが、なんか腰抑えてダルそうに走ってたって。で、昨日休みだっただろ」
 話していた彼らは、一拍置いて、あー、と気の抜けた声を出した。
「若いね、羨ましい」
 遊戯は俯いたきり顔を上げられなくなった。きっと、顔は真っ赤に違いない。多分思われているのとは少し、こう、上とか下とかその辺が違うのだろうけど。
「お色気系、可憐系、淑女系」
「……淑女に千円」
「じゃあオレはお色気」
 ボクどれになるんだろう……というかむしろ海馬君が淑女系だよねマグロだもん。俯いたまま、心の中で遊戯は昨夜を振り返った。



The Date on Xmas 大人モクバ×ドミネーゼ瀬人
「米里の方、道路も通行止めだってさ」
 この雪じゃヘリも飛ばないよと、部屋へ戻ってきたモクバがお手上げのジェスチャーをする。道路、も、通行止め。単線しか通っていない電車も、運行中止で復旧の目処無しなのだ。
「仕方ないな。静香、泊まっていけ。雪がやんだら明日の朝一で送ってやる」
「え、いいんですか?」
「気にするな、部屋なら幾らでも空きがある。あぁ、それとも一緒に寝るか? 前にこんなベッドで寝てみたいと言ってただろう」
 お姫様のベッドみたいで素敵、こんなベッドで寝てみたいなぁ。確かに、そう呟いた記憶は静香の中に残っている。だが。
「えっと、でも、それはその、二重の意味でいいんですか……?」
 静香の視線が瀬人とモクバの間を行き来した。つまりは筒抜けである。「取り敢えず」と口の端を引き攣らせ気味にモクバは電話を指した。
「電話、したら? 一人暮らしじゃないんでしょ」
「あ、うん、そうよね」
 受話器を取り、家の電話番号を押す。数コール待って、あ、と静香が声を上げた。
「もしもし、お母さん? あのね、今海馬さんのおうちでね、……あ、そうなのよ、それで、うん、そう、それでおうちに泊めてもらうから、うん、大丈夫よ、分かってるわ……」
 電話する静香の後ろで、モクバが瀬人に耳打ちする。
「あのさ、どこまで筒抜けなの?」
「別に大して。ただのささやかなガールズトークの範囲だ」
 ガールズって。モクバは溜息を付いたが、年齢考えてもの言ってよとは、言いたい心を抑え付けてでも言わなかった。それが禁句であることは、随分前に学習済みなのである。



The Date on Xmas ヤンキー城之内君×緑瀬人
「まだ転がってるとか……なんて嫌がらせだよコレ」
 さすがに撃ち止めだし明日も配達だし配達のあとバイトあるしつかお前も明日仕事だろ、と捲くし立てて海馬邸を辞した城之内は、目の前の光景に軽い頭痛を覚えつつ悪態を吐いた。
 安アパートの周囲に、昼間伸した奴らが、記憶そのままの格好で転がっている。
「こんなトコ転がってたら凍死すんだろうが。海馬じゃあるまいし、人死にとか勘弁だぞ」
 そんなの揉み消せばいいじゃないと海馬の声が聞こえたような気がしたが、城之内はいやいやそれはと頭を振って、一番近くに転がっていた男の傍に膝を付いた。
「オラ、起きろよ」
 肩を揺すると呻き声が上がる。城之内は彼の頬を軽くはたいた。
「な、ん……」
「おっしゃ、お目覚めだな。仲間起こしてとっとと帰ってくれる?」
 上体を起こしながら、仲間、と男が呟いた。頭に手をやり、何ごとか考え込む。
「おいおい大丈夫かよ。記憶飛んでね? オレ、お前、ボコボコ。オッケ?」
 男の目の焦点が、段々しっかりとしてくる。目線が城之内を捉えると、男は今更過ぎる悲鳴を上げた。
「あー、覚えてんね。じゃ、仲間起こしてとっとと帰れ」
 城之内はそれだけ言い置くとアパートの階段を上り始めた。その背に、待て、と男が呼び掛けを投げ付ける。
「テメェは、確かに強かったかもしんねぇ。けどな、あんま舐めてんじゃねぇぞ。たかが童実野の野郎が粋がってっと、テメェのクラスメイトが痛い目に遭うことになるんだぜ」
 総力戦なら負けねぇんだと、男が低く笑う。城之内は振り返ってガンを飛ばした。
「前に同じこと言った奴ァ、廃工場の屋根から転落して全治何ヶ月だかの大怪我だ。なんかすんなら、そこんとこは踏まえとけよ」