「それで、オレの存在を信じる気にはなったか?」
「馬鹿な。こんなものは幻覚だ。幻聴だ。或いは寝しなの夢だ。疲れて意識が混濁しているのをいいことに、脳が記憶の引き出しを好き勝手開け放っているのだ」
「お前にこの姿であったことは無かったと思うんだがな。どこの記憶の引き出しが開いたって?」
アテムが肩を竦める。百歩譲って、と瀬人が低めた声を出した。
「百歩譲って、貴様が霊だとかなんだとかのオカルト現象だとして、なんの理由でオレのところへやってくるのだ」
「それはお前が仕方の無い奴だからだぜ」
霊が言った。瀬人が眉を顰める。
「仕方の無い奴じゃないか。オレがあれだけ言ってやったのに。あの頃少しは真っ当になってたと思ったんだが、また逆戻りしてるみたいに見えるぜ。……もう一回心を砕いてやろうか?」
「遠慮する」
アテムの霊を睨み付けるようにして瀬人は言った。
「あれから何年経ったと思っている? 十年だ。貴様の言葉が無力化するには充分過ぎる年数だ。貴様が冥界とやらでのうのうとしている間に、こちらは様々なことを味わってきたのだ」
嫌味たらしく瀬人が言うと、十年か、とアテムが繰り返した。
「随分経ってたみたいだな。太陽の航行が無い世界にいると日付感覚が狂うぜ。そうか。十年か」
がちゃがちゃと、彼は腰の周りの鎖を引っ張って見せた。これの重さが時間を取らせたのだと、そう言いたいのかと思われるような様子だった。
「まあいい。お前に教えてやりたくてな。人生って言うのは、オレたちが思っていたほどゲームのようではなかったぜ、ってことを。死んだからって何もかもがリセットされるわけじゃない。楽園に行き損ねるとな、生きてる間にしたことを引き摺って歩く羽目になるんだぜ」
「死んでまで説教か」
「説教に聞こえるのはお前に心当たりがあるからだ。自分が楽園に行けるようないい人間じゃないって心当たりがな」
「戯言を。貴様に何が解る。さっさとゲームを降りた貴様に、その後を生きた人間のことなど解るものか」
瀬人が不快そうに眉を寄せ、それにしても、と薄い笑いとともに言葉を吐き出した。
「散々オレに説教をしていった貴様に鎖が絡み付いているというのは、些か皮肉な様相ではないか」
「人に説教できるほどになったから、この程度の鎖で済んでるんだぜ。内乱を呼び国を滅ぼした王としちゃ短い方だ」
先に見た通り、アテムが引き摺っているのは彼の国のものと思しきものばかりであった。瀬人と同時代に生きた分は、そこに括り付けられていない。
「さっき、何が解るって言ったな。解るさ。少なくとも、お前のこれはオレのよりずっと長くて思いんだろうってことが、オレには解るぜ」