セネト・パピルス 3
2008/5/17


 ユギたちがイティへ辿り着いた頃、セト・カスト・ヌブティは黒い肌の男たちから二つの報告を受けていた。黒い肌の、老シモンが裏切りものとして名を上げた、三十六名の南方プントのものたち。彼らは悪い知らせと良い知らせを一つずつ、彼らの主に告げた。
「まずは悪しきことが一つ。手を尽くし捜してはおりますが、王座の女たちとその息子たち、いまだ一人も捕らえるに至らず」
 セトの頬がぴくりと動く。
「しかしながら喜ばしきことも一つ。王の両冠を取り出す鍵が、宰相宮より出て参りました」
 今度は、セトの唇が小さく吊り上がった。
「そうか。そうか、両冠を取り出す鍵が……ならば、王子たちを捕らえ損ねたのも良しとしよう。王座の女とその王子、例え二人揃っていようとも、両冠なくして王にはなれぬ」
 それがタァウイの掟だった。二国を束ねるものの掟。上つ国の王位を表す白冠と下つ国の王位を表す赤冠、その二つを戴いた姿を民に示して初めて、王は王となるのだ。もしもユギが王の座を取り返したいのなら、今セトが先王アテムを廃し両冠を奪おうとしているのと同じように、セトを退けそれを奪い返さねばならない。
「命からがら逃げた子供、すぐには楯突くほどの力も持てまいよ」
「はい。他に掠め取られる前には、必ずや見付け出してご覧に入れます」
 黒い男の一人が、王に対する態度で礼をした。両手を前に差し出し身を低くする。
「ふふ、気が早いぞ。戴冠はまだだ」
「では、すぐにも行われますよう」
 黒い男は輝く金の鍵を新王となるものの手に握らせた。ずっしりと重い、小さな鍵。王座への道を開く、希望の鍵。
「半数は私と共に厨子まで参れ。もう半数は後宮を開き、接見の窓の準備を」
 セトが命じ、男たちは一人残らずその命に従った。白い肌の君主と黒い肌の付き人たち。王宮は異国の色に彩られ、一時代の終わりと始まりをにおわせている。
「しかと見よ。私は、今、王となる」
 セトの手が、しっかりと、金の鍵を厨子に差し込んだ。鍵が回る。音が聞こえた。がちりと、重たい金属の落ちる音が。
 厨子の戸に白い指が掛かる。十六年間、次の儀式を待ち続けた赤と白の冠がそこに待っている。
「セト様に、いえ、新王陛下に、即位のお祝い申し上げます」
 セトの額に両冠が昇った。男たちがひれ伏し、新たな王に忠誠を誓う。
「面を上げよ、ファラオが許す。私を接見の窓まで護衛してくれ」
「矢のごとき光陰よりも速く行われるべき王のお言葉、その第一をしかとお聞き致しました」
 一人がそう答えると、黒い男たちは素早く生ける壁となって後宮への安全な道を作り出した。後宮に位置する接見の窓、それは新王の即位を国民に知らしめるための場所である。後宮の主、つまりは王座の女の同意を得て王になるのだと証明するための場とも言える。
 だが、今後宮に王座の女はおらぬ。先王アテムの妻であった一位の女も、セトの妻である筈の二位の女も、政権争いの具にされることを嫌って、或いはただ自分たちが王と認めていたものの死に狂して、後宮を逃げ出したのだ。
 もぬけの殻の後宮。
「かえって都合がいい」
 後宮の門を開き、セトはそう呟いた。かえって都合がいい。母系相続を貫くタァウイで最終的に王座の女――言い換えれば王家の娘――を得なければならぬことは確かだが、二位の女とでも婚姻を結んだ過去があれば今は充分だ。後宮にいて反意を唱えられるよりは、暫く姿を消していてもらえる方が有り難い。
 接見の窓、窓とは言うものの実際は民の集う広場に面した露台であるそこへ、セトは姿を現した。プントの男たちの準備は短時間になされたにも関わらず入念で、見下ろされる広場には、新王即位の報せを受けた民衆が詰め掛けている。
「聞け」
 静かな声がざわめきを抑えた。民が皆地に額付き口を結ぶ。
「顔を上げ、我が姿を目に映せ」
 恐る恐る視線を窓に向けた民衆は、そこに立つものの額に前夜とは異なる飾りが当てられていることに気が付いた。紛いものではない、煌びやかなだけではない、王の両冠。
「そして知れ。我こそタァウイの王。今は『我が治世の』十六年であると心得よ」
 新王セトの治世十六年。先の王の存在を抹消する言葉に戸惑いながらも、タァウイの民たちは新たな王への賛美を口にしだした。
 上下二国の偉大なる王セト・カスト・ヌブティ陛下に万歳。
 それは型通りの賛美だ。しかし新王は、一度黙れと、その意を表す形に手を掲げ、彼らの賛美をやめさせた。
「今日この時より、私をカスト・ヌブティの名で呼ぶことは許さぬ」
 カスト・ヌブティとは、異国人を表す単語カストとヌブトのものを表す公家名ヌブティを組み合わせて作られた、言わば通称のようなもの。
「タァウイが我がものとなりし今、私を異国のものと呼ぶことも地方の公と呼ぶことも許さぬ。私はメン・マアト=ラァ。タァウイの主神たるラァの下で、声正しきものである」


 新王即位。
 ユギたちはこれをイティのハト=ホル神殿裏で耳にした。
「何たること……! とうとう両冠が奴の手に」
 報せに、最も動揺したのはシモンだった。今はなりを変え引退した老書記の振りをしているが、彼はアテム王のみならず先のアクナムカノン王の治世をも支えた忠実な宰相である。
「王よ、お許し下され。私めがあと少し早くセトの叛意に気付き鍵を取りに戻れてさえいれば……ああ、己の愚鈍が憎い」
 両冠を取り出す鍵は宰相宮から見付かったのだ。そこはシモンの居宮である。二代の王の信頼厚かった彼は、もう長らく戴冠の儀の用具を管理していた。
「シモン。そう自分を責めるな。父上とて、危険に身を晒してまで鍵を守ることは望まなかっただろう」
 ユギに慰められ老書記が洟を啜る。その憐れっぽい光景の繰り広げられる部屋の戸が、二度叩かれた。
「誰だ? 入ってくれ」
 扉を開けたのは、神殿裏の女神官だった。正確には女神官に扮した娼婦と言うべきか。書記の子としてのユギの当て、それがこの神殿裏に位置する娼館だった。
「ネフトの客が泊まったって聞いてね」
「客じゃない。友達だ」
「あらごめんなさい。そうね、初見世の前に出てったのに客なわけないわね」
 女が片隅の木箱に腰掛ける。弾みに、色石で作られた蝶の首下げ飾りが豊かな乳房の上を舞った。
「あの子、上手くやってるの?」
「ああ。とても人気があって、踊りの時には人垣ができる」
「凄いじゃない。羨ましい、アタシも出てけば良かったかしら」
 女、若く見えるがどうやら娼婦ではなく遣り手らしい彼女と、暫く取り留めの無い雑談が続いた。女はウアセトでのユギの友人たちの様子を聞きたがり、ユギはそれを書記の子として話した。踊り子になりたいと都に出てきたばかりのネフトに初めて会った日のこと、ネフトの同郷だったのが縁で仲良くなったシェド像売りの男、その友達の友達の……
 ユギは今にも泣きそうになる己を叱責した。こんなことでどうする。あの日々に立ち返ることが出来ずとも、自分は生き延びなければならない。それが正しき王の息子として生まれたものの務め。民を虫けらどころか命すら宿らぬ石ころのように扱う虚妄の王を亡ぼし父の敵を討つことこそ、王の、いや、王亡き今神の代理人となった己の務め。
「――あの夜も、ネフトは一際目立つ衣装で、多分、主役を踊ってた」
 セトの手のものは広場にまでも展開していたようだが、ちゃんと逃げられただろうか。ユギは王宮を抜け出す最中からそれを気にしていた。彼女らはユギと一緒にいたところを見られているのだ。
「もしネフトに会うことがあったら、思わず見惚れたと伝えて欲しい」
 女は意気地の無い男を前にした時のような目でユギを見た。
「それくらい、自分で伝えなさいな」
「できないんだ」
 ユギは、少し躊躇って、床に置いていた葦の袋を手繰り寄せた。
「黄金……!」
 袋の口から覗く煌きに女が悲鳴を上げた。
「ネフトが信頼していたようだからオレも信頼する。力を貸してくれ、虚妄の王セトから逃れるための力を」
 神殿裏の女神官は押さえた手の下で唇を戦慄かせた。たかが書記見習いの子供に、黄金を所持する力などあろう筈もない。そして新王を虚妄の王と呼んだ。
「アンタ、誰なの。虚妄の王って、ウアセトで、あの日、何があったの」
「ジェドゥ公家の流れを汲む二国の王アテム・アンジェティとベヘデト公家より出でた王座の娘アイシス・ベヘデティによるアメン=ヘテプ王朝一の王子ユギ。策略により父を殺した謀反人が王を名乗る現状をどうにかしたい」
「あぁ……そんな」
 眩暈がすると言って、女は俯いてしまった。
「即位の儀におかしなところがあったとは聞いていたけど……王殺しの王だなんて」
「一先ずはどこか遠くへ身を隠して、時を待とうと考えている。だが、その前に行方の知れない母たちの消息が気掛かりだ。オレたちはあまり表を出歩けない。代わりに情報を集めてはもらえないか」
 ウアセトは無論イティにも、セトの黒い忠臣たちの姿が見え始めている。彼らは皆ユギたちを捕らえるために動いているのだ。
「情報を集めるくらいならいいわ。けど、会ったばかりのアタシを信用していいわけ?」
「確かに会ったばかりだ。だが話はずっと聞いていた。ネフトから、ジョーノ君から、他の誰かから。彼らが信頼していた。だからオレも信頼する」
 最初にそう言っただろうとユギが言うのに、女はご大層な友情ねとほんの少し羨むような調子で返した。
「皆、アンタが王子だって知ってるの?」
「いや。……でも、そろそろ知ったかもしれないな」
 新王セトの捜索隊が探している王子の特徴とあの夜から姿が見えない自分たちの仲間の特徴が一致していることに、聡いものは気付く頃だろう。
 幸いにも、仲間の誰も、ユギを裏切らなかった。この時、ユギの友人にイティの出のものがいることすらまだ知られていない。準備を整え身を隠すまで、ユギたちには充分時間が残されていた。
 しかしセトたちもただ手をこまねいていたのではない。新王セトは、ユギたちの捜索は勿論、今後いかに国を治めるかまで、早々に考え巡らせている。


「都はメンネフェルに遷す」
 七十二の共謀者の内半数が去った大広間で、セトは黒い男たちに向かってそう宣言した。
「このままウアセトにいては大神殿の傀儡にされかねんからな。ヘイシーン、あの男、いつまでも私をただの人同様に扱いおって」
 タァウイの王とは神の化身である。だが王になる前、セトの地位は大神殿の主ヘイシーンより下であった。王の側付きの神官、本来ならば高位である筈のその職も、アメン=ラァ信仰が強過ぎるウアセトでは、大神官に敵うものではない。男は元々王権を軽んじている節もあった。セトに協力しセトが王となってからも、その癖が抜け切らないのだろう。
 ウアセトという都市は昔からこうなのだ。今までにも大神殿の権勢を嫌い都を遷した王はいたが、結局王家はここへ戻ってきてしまっている。もっと徹底的にやらねばならない。かつてアメン=ラァのものどもが巧妙に王に取り入り、遷都先を棄てさせ、ウアセトに戻ってこさせた時のように。棄てるならば、もう戻らない覚悟を。
「しかし……何故メンネフェルなのです? 私どもはタァウイの地形にはそう詳しくありませんが、それでもあの地の話くらいは聞いたことが御座います」
 メンネフェル。ナイルが数多の支流に分かれる直前の地点。増水期アケトには、勢いを増した流れを分散させきれず大洪水を起こすのが常である。何故、わざわざそんな場所に都を遷すのか。男たちの疑問は尤もだ。だが、彼らの問いにセトは笑みで答えた。
「彼の地がアケトの度水に浸かるのは土地が悪いからではない。住むものの頭が悪いのだ」
「と、仰りますと」
「来ると分かっている洪水に何の備えもしないなど、愚かもののすることよ」
 セトは、彼が神官であった頃に学んだ幾何の知識を男たちに噛み砕き説明した。全ての男がその知恵の豊かさに驚嘆し、賛美すら忘れ話に聞き入った。
「考えてもみろ、上下二国の中心、河神ハピによりもたらされる豊かな黒土、メンネフェルは沈みさえしなければ素晴らしい都になると思わないか」
 メンネフェルに壁を。王の計画は、一口に言えばこうだった。分厚い石の壁で町を囲み、堤防の役目をさせる。似たような町の形態は、緑海の北にはよくあるものだ。ただ、それは水ではなく人や或いは猛獣を防ぐものであるのだが。
 増水期のナイルの流れ、その威力は人や猛獣の比ではない。人が剣や弓を手に迫ろうと、猛獣が寄って集って突進しようと、そうそう石の壁を破れはしない。だが、水は違う。薄い壁なら一瞬で流し去るし、分厚い壁でも、きちんと計算し流れの勢いを削ぐように作らねばアケトの間を持ちこたえられない。
 だからこそ、男たちは感嘆した。
「お見事、お見事に御座います。おお、まこと我らのファラオは偉大であらせられた」
「おだてはよい。何もやらぬぞ」
「いいえ、セト様のような偉大な方にお仕えできる名誉を既に頂いております」
 言葉は、強ち大袈裟でもない。黒い肌の男たち、彼らは己の国を出てタァウイに来たものたちなのだ。己の国――プントを、棄ててきたわけではない。プントで王命を受け、セトの許に遣わされてきたのである。プントの国とセトの利害が一致した故にプント王からセトに贈られた、タァウイを治めるためのセトの手足。それが彼らだった。新たな主人が愚王でないことを、彼らがどれほど祈っていたか。
「おだてはよいと言うに」
「は。して、宣旨はいつを?」
「いつが良かろうな。慎重に、やらねばならん」
 大神殿の反対は必須だ。どれほど反対が出てももはや止められぬほどに計画を進めてからでなくては。
「数日の内に、私自らメンネフェルに向かう。理由は……理由は、新王の即位を広く下つ国にまで知らしめるための行幸でいいだろう」
「そのまま帰られないのですか?」
「いや。我が目で土地を見るだけだ。壁は要、人には任せず、私が見て、私が設計する」
 そして建設が始まったあとでウアセトへ戻り、壁の出来る頃に遷都の意を発表する。これならば、例え反対が度を越えて酷かったとしても、もう一度メンネフェルに戻ればいいだけだ。できれば荷を纏める時間くらいウアセトに居たいものだが、どうせ長く居たとしてもアケトまでのこと。
 水を防ぐという目的がある以上、壁はアケトまでに完成していなくてはならない。幸い今は先のアケトが終わり播種期ペレトに差し掛かろうという頃合。時間は存分にある。
 もはや、誰にもタァウイは渡さぬ。上下二国を、王座から、治めるために。


 そうしてセトが秘密裏に計画を推し進める裏で、ユギは神殿裏の女神官たちの助力を得て次なる目的地を定めるに至っていた。
「貴族らしい風体の女が二人、ナイルの脇をひたすらに走り、途中舟を捕まえ水の面を下っていったらしい。流れるものを追っていたとの話もあるが、何をかは定かじゃない」
 女神官より得た情報をユギが披露すると、シモンは天井を仰いでおおと呻いた。
「間違いありませぬ。お母上と叔母君に間違いありませぬ」
「言い切れるか?」
「流れるものを追っていたと、それだけでもう間違いありませぬ」
 悪い意味で興奮したシモンが倒れそうになるのを、アンプのユギが支えた。
「どうしてそれで母上たちだと判るの?」
 アンプの問いにシモンが一度押し黙る。だが、ユギの追及の目にも晒され、隠し通せないと悟ったのか、彼は重たくその口を開いた。
「申し上げにくいことで御座います」
「どんなことでも心して聞く。話してくれ」
 老人は大きく息を吸った。
「その流れるものの正体、それは、お二人の父王アテム・アメン=ヘテプ様なのです」
 流れるものの正体が父? ユギは、そしてアンプも、驚きに言葉を失った。
「全てはセトの卑劣な策謀。あの夜、祝宴の場に珍しき大箱が持ち込まれました。詳しい経緯は解りませぬが、アテム様はその内に封じ込められ、蓋が開かぬよう幾重にも縄を巻き付けられた箱ごと、ナイルの流れに棄てられたのです」
 箱に入れられナイルへ。ユギは、その光景を頭に思い浮かべ、一つの期待に胸を躍らせた。
「ならば、もし母たちが早くに助け出せていれば、父は生きているかもしれないのか?」
「いえ……私が見た時、セトの手は血に濡れておりました」
 申し訳無さそうにシモンの声が続く。その調子は、聞いているユギたちの方が聞いたことを申し訳無く思うほどだった。
「恐らく傷を負わされてから箱に詰められたのです。御存命の確率は、残念ながら……お母上方は、ただせめて正しき埋葬をと思ったのでしょう」
「そうか。残念だが、母達を捜す手掛かりが見付かったのは良かった」
 タァウイの人々にとって、正しき埋葬とは、死後の生活に関わる重大な事象である。死んだ人間は冥界イアル野で第二の命を得るのだが、その時肉体が失われていると魂の還る場所も失われ、理想郷への復活が叶わないのだ。だからタァウイ人は死者の身体を、どこも欠けることの無いよう慎重に、ミイラにする。
 正しき埋葬を。タァウイに生まれ育った母たちならば、諦めるとは思えない。箱を追い北下を続けているか、箱に追い付き岸辺で葬儀を執り行っているか。いずれにせよ、ナイルを下っていけばどこかでは出会えるだろう。
 さよう、目的地といっても確たる一地点を定めたのではない。ナイルを、箱の流れ着いた場所まで下っていく。これがユギたちの次に取るべき行動であった。
 ただ一つユギたちの不運は、新王の思惑によりメンネフェル遷都の詔を知らぬまま旅立たねばならなかったことだろう。奇しくもユギたちの向かう先足を止めるところは、メンネフェルへの中継地となる中洲の、ナイルを挟んだ東岸アケタテンとなる。
 ユギたちがイティを発って三日後、黒い護衛たちと共にセトがウアセトを発った。その更に三日後、どこからともなく、メン・マアト=ラァの名で即位した新王が正しからぬ王であるという噂が流れ出した。混乱が、すぐそこまで近付いてきていた。
 次に記すのは当時まだ棄てられる運命を知らぬウアセトで、秘密裏に、しかしながら秘密にし切れぬほどに流行った、俗歌の一つである。

    御即位なさった新王陛下
    太陽の下にと仰るけれど
    貴方の御身は今いずこ
    アメン=ラァの都には
    そのお姿が見えませぬ
    声正しきと仰るけれど
    マアトの姿も見えませぬ
    あぁ太陽の下に声正しき新王陛下
    御即位お祝い致します――

 特に踊り子たちがこれを好み、歌い、曲に合わせ舞ったという。


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プント:エジプトの南のヌビアの南の国。紅海南部(推定)に実在したが、古代エジプトでは半ば理想郷扱いだった。
メン・マアト=ラァ:「太陽神ラァの永遠なる真理」の意。
ジェドゥ(アンジェト):地名。ギリシャ語読みブシリス、現アブシールバンナー。下エジプト扇形部中心の都市。
ベヘデト:地名。別称オウティ・ホル、現エドフ。上エジプト南部の都市。
メンネフェル:地名。ギリシャ語読みメンフィス、現ミト・ラヒーナ。上下エジプトの境界の都市。
アケト:増水期のこと。ナイル上流から下流へ順に訪れる。
ハピ:ナイルの増水を神格化した神。
ペレト:播種期のこと。エジプトにおける冬から春。
アケタテン:地名。現テル・エル・アマルナ。上エジプト北部、ウアセトとメンネフェルの中間に位置する都市。