注意! カップリングも傾向もごった煮の無法地帯です。苦手な方はUターンどうぞ。最近はシモネタにも注意した方がよさそうです。今日、昨日、明日。起きてから寝るまでが一日です。
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 クリスマス企画です。初めにクリスマスお知らせをご覧下さい。

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 その音とともに、過去の瀬人の姿は数年分大きくなった。さっき町並みの中にいた彼らは、今度は、赤い絨毯と大きなシャンデリアに飾られた広いパーティ会場に立っていた。彼の顔は、近年のような陰鬱に凍り付いた人相ではなかったが、厭世と貪欲の兆候は既に見え始めていた。
「本日はお招きに預かりまして」
 今よりは幾らか高く若い声がホールに響いた。彼の傍には、先の晩、鎖に繋がれ夜空に這いずっていた人々が立ち並んでいた。彼らとその時なんの話をしていたか、瀬人はすっかり思い出していた。この頃の彼にとって、クリスマスパーティとは商談の場に過ぎなかった。若い彼は、子供の時分の心を綺麗さっぱり失っていた。
「このようなものを見せてどうしようというのだ」
 瀬人は、現在の瀬人は呻くようにして言った。赤い竜の神は、それには答えず、もう一つのクリスマスを見せようという風に音を立てた。また風景が変わって、豪奢なパーティ会場はどこか一般的な家庭の一室に取って代わった。
「メリークリスマス!」
 学生服の集団が、安い菓子類を広げ、缶ジュースで乾杯をしている。その中に彼はいなかった。
「本当は海馬君にも声を掛けたんだけど」
「遊戯も粘るよな。どうせ行かねってんだろ」
「うん、断られちゃった」
 これがいつのクリスマスなのか、彼にははっきりと解った。というのも、そうして学生服を着た同じ年のものたちに誘いを掛けられたのなど、あとにも先にもこれきりだったからだ。
「けど仕方ないんじゃない? 彼にしてみれば、この時期は稼ぎ時だろ」
「そういうお前のトコはいいのかよ?」
「うちは客層が違うからさぁ。子供向けってわけじゃないし、サンタクロースの来店はあまりね」
 一人がそう言った時、先ほどの亡霊に似て非なる姿の少年が宙を見上げた。
「あー、ええとね……一年に一回、クリスマスの日に、寝てる子供の枕元にプレゼントを配る人」
「なんだ、もう一人の方はサンタ知らねぇのか。えっと、そこにいんの?」
「いるよー。表に出るのは交替だけど、急に替わっても話解んないしさ。ああ、違う違う。実在する人じゃなくてね……」
 素朴で賑やかなパーティが瀬人の目の前で進んでいく。彼は、この時、本当に仕事をしていた。だがそれは急ぎではなかったし、夕方か夜からの数時間を自由に使えぬことの理由にするには、幾らも不足があった。そして、もし精緻なプログラムを組む時のように小数点以下の過不足も見逃さずにいたならば、この場に自分がいて、翌年もそのまた翌年も現在に至るまで、自分の失ったものを取り戻す機会を得られていたのかもしれないと思った時、彼の視界は酷く霞んできた。
「帰らせてくれ」
 現実に、と彼は続けた。赤い竜の神は何も言わずじっと彼を見た。視線に耐えかねた瀬人が今もゆったりと巻き付いている神の胴から逃れようとそれを押しやる。するとどうしたことか、神全体が、彼のソリッドビジョンが消える時のように、虹色の光を溢れさせながら砕け散った。
 瀬人は疲れ果て、耐え切れない睡魔を感じた。そして彼は彼の寝台の上にいるのも感じた。これがソリッドビジョンなら電源を切らねばなるまいが、全ては魔法が解けたかのように跡形無かった。彼はよろめいて横になると、光が収まるか収まらないかの内に、深く眠りに陥ってしまった。
 クリスマス企画です。初めにクリスマスお知らせをご覧下さい。

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「私は時をかけよう。そなたに過去を見せよう」
 低い音が、瀬人の心臓にそう語りかけた。赤い竜の神はその長い身体で瀬人を巻き取ると、何ごとか得体の知れない力で壁を突き抜け、左右に点々と家の並ぶ住宅街の道に出た。そこにある筈の瀬人の屋敷の庭はすっかりと消え失せた。痕跡すらも残っていなかった。暗闇も靄もともに消えてしまった。それは雪のちらつく、それでいて晴れた、冷たい、冬の日中であった。
「これは」
 瀬人は周囲を見回して、驚きに目を見開いた。それは子供の頃の一時期を過ごした町だった。再開発で疾うに消えた筈の町並みだった。神は彼を地面に下ろすと巻き付けていた胴体をそっと外した。その緩やかな動作は、極自然に行われたが、瀬人の触覚にまざまざと訴え掛けるものを持っていた。瀬人は空気中に漂う様々な香気に気が付いた。そして、その香りの一つ一つは、彼が失っていた考えや希望、喜び、配慮と結び付いていた。
 瀬人は道に沿って歩き出した。家々の門にも、等間隔に並ぶ電柱や街路樹にも、何もかも見覚えがあった。走ってきた子供たちにも、擦れ違う大人にも、覚えがあった。
「これらは昔あったことの再現に過ぎない。故に、我々には彼らが見えるが彼らに我々は見えない」
 低い音が瀬人にそう伝えた。だから瀬人は安心して感傷に浸った。それぞれの戸口には柊のリースや電飾が飾られていて、彼がここに住んでいたより更にもっと子供だった頃には彼の家もそうだったことを思い出させた。その頃の彼は、クリスマスを馬鹿馬鹿しいなどと言わず、サンタクロースの訪れを楽しみに待っていた。そしてこの頃はどうだったろうかということを彼は思い出そうとした。
「あぁ、そうか」
 瀬人は通りの向こうの公園を見て呟いた。真新しい玩具の車を走り回らせる小さな子供の傍で、それより少し大きな子供が土管に座って本を読んでいた。あれらは彼らに与えられたクリスマスのプレゼントだった。彼らの暮らす児童施設で、クリスマスの朝、枕元に置かれていたプレゼントだった。
「自分のいたところにくらい、支援をしても良かった」
 あの施設はどうなっただろうか。思った瀬人の身体に、再び赤い竜の胴体が巻き付いた。他のクリスマスも見るといい、と、骨を震わす音が言った。
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 瀬人が目を覚ました時、天蓋の隙間から覗いた外は、壁と窓の区別が殆ど付かないくらいに暗かった。彼は獲物を狩るシルバーフォングのように慎重に、闇を見渡そうと視線を巡らせていた。折りしも、広間の方から、扉や壁を隔て微かに、大時計の鐘が聞こえてきた。彼は鐘を聞こうと耳を澄ませた。
 驚くべきことに、鐘は六つ七つと続けて打たれ、更に八つ、九つも打たれた。そして、ちょうど十二を打ってぴたりとやんだ。十二時だった。彼が寝台に潜り直したのは殆ど十二時に近かった。時計が狂っているに違いなかった。あまりの寒さに、時計の内部が霜にやられでもしたに違いなかった。何故なら、鐘は十二打たれたのだから。
 彼は正確な時間を知ろうと部屋の小さな時計に目を向けた。その小さな長針と短針は、十二の上で仲良く重なり合っていた。
「どういうことだ」
 瀬人は呆然と声を上げた。しっかりと眠ったつもりだった。しっかりと、数分や数十分ではきかないほど眠った感覚がある。
「丸一日寝過ごして次の晩になったなど、あり得る筈が無い。二十四時間も寝ては背骨も痛むだろうし、第一使用人の誰も起こしに来ないなど。だが、太陽に異変が起きてこの闇が昼だというのも、もっとあり得る筈が無いだろう」
 だが万が一にもそんなことになっていたのであれば大変であるので、彼は寝台から起き出して、手探りで窓のところまで行った。外を見れば、そこは非常に暗く、靄も立ち込めていて、そして太陽がどうかしたと大騒ぎをする人々の声などは一切無い空間であった。彼は非常に安心をした。というのも、もし太陽が夜に飲み込まれるようなことがあったなら、彼の太陽光発電所は単なる奇妙な板の陳列所に過ぎなくなってしまっただろうと思われたからである。
 両方の時計が狂ったか、或いはアテムの霊に会ったのも何もかも夢で、本当に眠ったのはもっと早い時間だったのか、そのようなところだろうと考えて瀬人は再び寝台に入った。些か不気味な思いをしながらも横になり、時が過ぎるのを待った。霊は十二時だといった。何ごとも起きない。が、彼がいよいよ安堵の息を吐き出したその瞬間に、大きな雷鳴が轟き、そして霊が来た時と同じように、何か近付いてくる気配が部屋に充満した。
 彼の寝台の天蓋は、敢えて断言するが、しっかりと閉められていた。それが、勝手に開いて、瀬人とその第一の訪問者の顔を突き合わさせた。ちょうど今、書き手の視点が読み手に近付いているのと同じくらいに接近して。そして、この視点は精神的には読み手に非常に近しく定められているのである。
 それは、部屋に合わせたか幾分縮んだ姿で、とぐろを巻き浮かんでいる赤い竜であった。三体の神と聞いた時に予感もしていたが、まさか本当にこの神だとは! 神は、決闘においてそう呼ばれる、札に描かれた魔物の一体であった。このもの言わぬ神から何を聞けというのだろうか。もしや、もの言わぬのは決闘の札としてある時だけで、こうして現れた時には人のように話をするようになるのだろうか。
「お前が第一の神なのか」
 さよう、と、低く静かな声が聞こえた。否、瀬人の心臓はそのような意味だと理解したが、実際、耳に届いた音はもっと別な何かであった。傍から発せられたというより骨を直接震わされたように、おかしな低さの音だった。
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