注意! カップリングも傾向もごった煮の無法地帯です。苦手な方はUターンどうぞ。最近はシモネタにも注意した方がよさそうです。今日、昨日、明日。起きてから寝るまでが一日です。
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 クリスマス企画です。初めにクリスマスお知らせをご覧下さい。

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 皆々様には、三千年も前にあったような戦車が馬に引かれて駆けて行くとでも、或いは、立派に編まれた大きな葦舟が夜の空気に浮かび通過して行くとでも、好きに表現して頂いて構わない。ともかく、ここでは、セキュリティの問題さえクリアすればだが、誰でも三つばかり入れ子になった棺を戦車なり舟なりに乗せて屋敷の玄関を潜り、廊下を進み、部屋に入ることができるし、しかもそこで入れ子をばらして中身を取り出すこともでき、更にはそれらを容易に行うことができるということを書きたいのだ。そうするだけの広さは、彼の屋敷には充分過ぎるほどにあった。それが、瀬人が天蓋の外にまるでそのようなことが実際に行われたかのような気配を感じた原因であろう。
 瀬人はそんなものには少しも構わずに寝台の上で寝心地のいい体勢を探しもぞもぞと足を動かした。だが、いざ目を瞑る前、何ごとも本当に起きていないと確かめるため、彼は細い腕を伸ばして天蓋の幕をほんの少しだけ開いてみた。そうしたくなるほどには、瀬人も闇に浮かんだ顔に覚えがあったのだ。
 窓、壁、床、全てが天蓋を閉める前の通りであった。家具の陰にも何も見当たらなかった。三重棺などどこにも無く、いつも通りの小さな猫足の椅子と円卓があるばかりであった。
 そこで落ち着いて、彼は再び天蓋を閉め切った。うっかり開いてしまわぬように閉じ紐を括り合わせた。それはいつもの動作ではなかったが、彼を非常に安心させた。だが、次には、彼は、馬鹿なと叫ばずにはいられなかった。閉じ紐の結び目の位置に、あの覚えがあるようで無いエジプト王の顔がちらついて見えた。
 飛び起きた彼の耳に、ちゃらちゃらと、何か重い鎖でも引き摺っているかのような音が小さく聞こえてくる。瀬人はかのエジプト王の、彼が言うところの本体が、いつも鎖からぶら下げられていたのを俄かに思い出した。そんなわけがあるかと首を振り、だが、その音がどんどんと近付き、終いに天蓋の幕一枚を隔てたすぐそこまでやってきた時には、彼の顔色も変わらざるを得なかった。触りもしないのに天蓋が開くと、ちょうど「この顔を見よ、知らぬようで知っている、依り代を通さない彼の顔だ」とでも言うように、庭の警備灯の光が窓の正面を一瞬横切っていった。
 クリスマス企画です。初めにクリスマスお知らせをご覧下さい。

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 瀬人は閉まった工場の代わりに本社に戻り、デスクに置いていた栄養補助食品で陰気な食事を済ませた。届いていたメールをすっかりチェックしてしまって、あとは退屈しのぎにプログラムコードを弄くっていたが、やがて寝に帰った。彼はかつて死んだ当主の部屋の隣室に寝起きしていた。それは元々当主の妻のために――無論妻がいるならばだが――用意された部屋だったが、死人の部屋を使うのも子ども部屋を使うのも気が引け、また妻を持つ予定も無いとなれば、瀬人が当主としてそこを使うのも不自然なことではなかった。内装は些か古い時代の貴婦人趣味を留めていて、天蓋の付いた寝台やレースのカーテン、薄桃の壁がやかましく存在を主張している。靄と霜はレースのカーテンの向こうにどんよりと潜んでいたが、ちょうどそれは天空の神がじっと運命の何たるかを考えながら、赤く長い身体を屋敷に巻き付かせているのかと思われるような様相であった。
 ところで、天蓋の留金は、それが非常に高価なものであるという他には、別段変わったものではなかった。それは事実である。また、瀬人がそれを日々見ていたことも確かである。また、瀬人が決闘者の何人とも、魔術師使い、ゴースト使い、戦士使いなどを全て含めても――とまで言っては少し横暴だが、決闘者の何人とも異なって、超常現象に対する信心を殆ど持っていなかったというのも全くの事実である。また、瀬人は、この日の午後に伝説の決闘者という呼称を耳にしたきり欠片も伝説の片翼であるエジプト王について思いを馳せなかったということも、心に刻んでおいて頂きたい。その上で、瀬人が寝に向かった先の天蓋の留め具を、何をどう変えたというのでもないのにアテムの顔と見たのは何故かと、説明できるものならどなたでも、それを説明して頂きたい。
 アテムの顔。それは古代の王墓で眠るミイラのように閉じた闇の中にあるのではなく、真っ暗な闇のフィールドで六芒星の呪縛に囚われたモンスターのように、不気味な光を纏っていた。その顔は怒ってもいなければ猛ってもいず、その昔彼が決闘で勝ちを決める時にちょっとしていたような様子で、即ち幽霊然とした存在の仕方には合わない類の不敵さで、じっと瀬人を見ていた。頭髪は瀬人の知る奇抜さを残しながらも、それよりは少し髪の束が乱れたようになっていた。顔色、というよりも皮膚の色は、幾分も黒くなっていて、彼が依り代の少年の二重人格ではなくエジプト王の魂だったのだと今更ながらに知らしめている。
 瀬人がよくよく目を凝らせば、それはやはり単なる天蓋の留金であった。彼は常時のようにこのオカルト現象を心内で否定し、常時のように恐れなど無いような様子でいたが、今も実際に恐れを感じていなかったかといえば、そんなことは無かった。だが、彼は怯み後ろに下がっていた足を再び踏み出して、天蓋を捲りその内に入った。
 彼は天蓋を閉める前に、一瞬、手を伸ばすのを躊躇った。そして首を外に出して天蓋の弛みの源を見た。果たして、そこには窓からの微かな星明りを鈍く跳ね返す金の留金一つ以外には何も無かった。瀬人は小さく鼻を鳴らすと、さっと天蓋を閉め切ってしまった。
 衣擦れの音は若い女の悲鳴のように天蓋の内に響き渡った。奇妙に反響までもしてみせたが、瀬人は反響などに怯える性質ではなかった。しっかりと幕を重ねて内を暗くし、掛け布を持ち上げて、身体を横にした。しかも、エンドテーブルに置かれたランプの灯りも消して。
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 その間にも靄と闇はいよいよ深まったので、幾らかの作業員はラインを離れてバス停へ向かったものだった。工場の時計はとっくに六時のベルを鳴らしていた。大通りからはクリスマス特有の騒がしさが聞こえてきている。ケーキや鶏肉、或いはシャンパンを売ろうとする店の呼び込みや、無意味に流されるクリスマスソングで通りは溢れ返っていた。普段粛々と行われている筈の売買取引が、この日ばかりは見世もののような様相でいるに違いなかった。
 靄の酷さに寒さも加わってきた。冷気は一層突き刺すようになった。とうとう、工場の閉じる時刻がやってきた。嫌々ながら瀬人は椅子を降りて、工場が閉じられる事実に暗黙の承認を行った。先ほどの作業員が、今度こそタイミングを逃すまいと早速やってきた。
「話があるなら工場長を通せ」
「知り合いの方がまだ頼みやすいんじゃないかって、その工場長の期待を受けて話に来たんだけどな」
 瀬人が片眉を吊り上げる。品行方正とは言い難い金髪の作業員は、所謂かつての同級生というものであった。
「明日の話か? 明日は丸一日工場を閉めたいと?」
「閉めれんなら。てか土曜じゃねぇか。皆休めるつもりでいたってのに」
「それはそちらの責任だ。納品が遅れている以上、休日を潰して遅れを取り戻すのは契約上の義務だ」
「でも明日はクリスマスじゃねぇか」
 瀬人はその言葉を鼻で笑った。
「そうだな、明日はクリスマスだ。来年の明日も、再来年の明日もな。毎年使うには些か不出来な言いわけだ」
 コートのボタンを留め、部屋を出る準備をしながら瀬人が言う。
「クリスマスを楽しみに思いもしねぇ奴が言ってんじゃねぇよ。さっきの客だって、あんな追い出し方されて可哀想ったらないぜ」
「そう思うのは貴様が馬鹿だからだ。あんな胡散臭い連中に寄付など」
 瀬人はもう一度男を鼻で笑った。
「ともかく、どうしても明日は丸一日工場を閉めたくてならないのだろうな。いいだろう。だが、明後日はいつもより早く工場を開けるようにすることだ」
 それくらいは言われるだろうと工場長にも想定されていたところだったので、作業員はそうするということを了解し、明日の休みの約束を取り付けた。瀬人は不服ながらも事務室を出、迎えを呼んだ。工場は瞬く間に閉じられてしまった。作業員はマフラーと手袋代わりの軍手だけを身に着けて、というのも彼はコートを持っていなかったので、一目散に賑やかなクリスマスの街を駆けていった。
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 そうする内、作業員の一人が客を連れ事務室にやってきた。二人連れの男は、見るからに慈善家然とした、恰幅のいい紳士たちであった。事務室にやってきた彼らは脱いだコートを手に瀬人へお辞儀をした。
「海馬社長で御座いますね。伝説の決闘者の片翼だと、兼ねてより雑誌などでお顔を拝見しておりました」
 一人が、手帳を開きながらそう言った。
「もう引退して十年になりますが。御用は?」
「いやはや、急な訪問で失礼致しました」
 もう一人が名刺を差し出した。それを机の端に置いて、瀬人は、全く、と言葉を返した。
「お忙しいところかとは思ったのですが、クリスマスという機会に当たりまして」
 手帳を開いていた方の紳士が、ペンを手にした。
「目下クリスマスも年越しも祝う用意の無い人々のため、援助のお願いに各種企業を回っているところで御座います。この時世ですから、回れる先も限られてはいるのですが」
「では」
 瀬人は男たちに尋ねた。
「公共の支援所は無いのでしたか」
「いえ、幾らもありますよ」
「民間の炊き出しは、あれは今年も?」
「やっておりますよ、今年も。やる必要が無くなったと申し上げたいところですが」
「社会保障の、なんでしたか、あの法も充分に活用されていると?」
「ええ、ええ、勿論。活用の支援もしております」
 そこまで聞いて、瀬人は小さく笑い声を上げた。
「それは良かった。貴方々が初めに言われたことからして、何かそういうことごとの有益な運用を阻害するようなことが起こったのではないかと無用な心配をしてしまいました」
 紳士たちは、鼻白んだ様子を隠して言い募った。
「それだけでは、やはり、足りぬことも御座いますから。御社には、特に子供たちへの資金援助をお願いしたいと思っているのです。それで、ご寄付は幾らと致しましょうか」
 皆無、と、瀬人は答えた。
「匿名をお望みでしょうか?」
「何を仰る。今言ったことを聞いておられましたか? 皆無と言ったのです。クリスマスという機会に、私はなんの感慨も得ていない。自分すら愉快で無いこの季節に、他人を愉快にしている暇など。それに、先に上げたものの維持にならば、私は随分と出したものです。まずはそこを活用して頂きたい。話は以上でしょうか?」
 瀬人はそういうと扉の傍で所在無さ気にしていた作業員を呼び付けた。
「お客様がお帰りだ。門まで送って差し上げろ」
 二人の紳士が、どう言っても自分たちの主張が通らないと見て取ったものか、大人しく引き下がる。作業員が気の毒そうな表情で彼らを連れて行くと、瀬人は再び仕事に取り掛かった。
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「メリークリスマス、兄サマ!」
 一つの明るい声がそう叫んだ。それは海馬瀬人の弟の声であった。彼の弟海馬モクバは、兄が工場の視察に行っていると聞いて予定を変えここへ立ち寄ったもので、海馬瀬人はその声で初めて弟が来たことに気付いたくらいだった。
「何を馬鹿馬鹿しいことを」
 瀬人がモクバに向かって言った。
 彼は、寒い中を駆けて来たので、身体は温まり、血色が良くなっていた。無論、彼とは弟モクバのことである。青年期に差し掛かり肉の落ちた頬や鼻を、まるで子供に戻ったかのように赤くして、白い息をふうと吐いていた。
「クリスマスが馬鹿馬鹿しいって?」
 モクバが大仰に驚いた様子を見せる。
「まさか、玩具会社の社長がそんなこと言うつもり?」
「その通りだ。メリークリスマスなどと、玩具会社や外食産業の作ったブームに乗せられてどうする。乗せる側の人間が」
「けどさぁ」
 明るさを失わない様子でモクバは続けた。
「だからって、辛気臭いクリスマスを送らなくたっていいじゃない。ちょっとやそっとブームに乗せられて踊っても問題無いくらいの準備はあるんだから」
 それはその通りで、贅沢でもなんでも、クリスマスに限らずとも、できるだけの資産を彼は持っていた。だが瀬人は、再び、何を馬鹿馬鹿しいと、繰り返した。
「兄サマ、何をそんなに不機嫌になってるのさ」
「不機嫌にもなる。誰も彼もクリスマスだ何だと浮かれて、心を浮かれさせているだけならまだしも、手元まで浮かれさせているのではな。今日のラインの生産率を見ろ。それに、お前とて、メリークリスマスの一言のために仕事を中断しここに来たのだろうが」
 瀬人は大きく溜息を吐いた。
「メリークリスマスと祝いたいのなら勝手に祝え。パーティでも開けばお前の友人やメイドたちは喜ぶだろうさ。そうすればオレもオレのやり方でクリスマスを祝うまでだ」
「全く祝ってるようには見えないけど」
 モクバは肩を竦め、それから、諦めの混じった声で言った。
「まあいいや。明日だけど、皆呼んでのパーティはやるよ。だから、気が向いたら娯楽室に来て」
 そうは言ったものの、きっと来ないだろうとは予測の付くことだったので、モクバはもう一度念を押すようにクリスマスの祝辞を述べた。
「メリークリスマス、家にくらいは帰ってきてよね」
 彼の弟は出て行く時に工場の作業員たちにもメリークリスマスと声を掛けた。作業員たちは皆身体こそ冷え切っていたが、心は温かさを保っていた。というのも、誰も、メリークリスマスなんて馬鹿馬鹿しいとは言わず、丁寧な挨拶を返したのだ。
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 ある日、選りにも選ってクリスマスの日の前夜に、海馬瀬人は自社工場の事務室に座って忙しくしていた。寒い、霜枯れの目立つ、刺すような冷気の日だった。おまけに靄まで出ていた。彼は廊下で人々が白い息を吐いたり胸元を手で押さえたり少しでも身体を温まらせようと大きな動きで足を動かしたりしながら往来しているのを耳にした。工場の時計はつい先ほど三時のベルを鳴らしたばかりだというのに、どこもかしこももうすっかり暗くなっていた。もっとも、この工場は朝も昼も晩も明るくはなかったのだが。元々採光の良くない立地に、灯りも空調も最低限しか入れていないのだから、この工場はいつでも薄暗く、どんより垂れ下がった雲に何から何まで覆い隠されているようだった。
 海馬瀬人のいる事務室の戸は、工場の生産ラインが正しく稼動しているかどうか見張るために、がらんと寒々しい空間に向かって開け放しになっていた。事務室には申し訳程度の空調が入っていたが、ラインのある空間には申し訳程度よりも更に申し訳程度の、二酸化炭素の排出量削減に配慮し過ぎたかのような空調が動いている程度であった。皆寒いと思っていたが、空調の温度調節パネルは事務室の中にあるので、温度を上げに行くわけにもいかなかった。そんなことをしに行ったら、どんな難癖で首を切られることだろうか。なので労働者は皆、個々人精一杯のウォームビズに励んでいた。
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 さて本題は海馬瀬人の話である。海馬瀬人は、オカルト嫌いの割りに、アテムが不思議な力で現世に留まっていた痕跡を消し去らなかった。冥界の扉の件から幾年も、アテムの功績は残され続けた。それはアテムの名ではなく彼の依り代であった少年の名で残ったものだが、同時に、功績を真に残したのは古代エジプト王の魂なのだという噂が伝説になっていくのを、海馬瀬人は止めなかった。オカルト主義の噂は時に彼を巻き込んで、彼に神官の魂だのなんだのが宿っていると噂したが、彼はそれも止めなかった。二人を一纏めに伝説の決闘者と呼ぶ向きもあったが、彼はそれも許容していた。
 だが、しかし、彼は非道のものであった。少しばかりの許容は、彼が寛容であることを示すものさしにはならなかった。海馬瀬人は、強欲で傲慢で貪欲な青年だった。何と組み合わせても融合素材にならないカードのように扱い辛く、結束を拒み、人付き合いの嫌いな、閉じた貝のごとく孤独な男であった。彼の身の内の冷気は彼の整い過ぎた顔付きを凍らせ、その高い鼻を澄まし返らせ、その頬を翳らせて、足取りを荒々しくした。また、瞳を石のようにし、薄い唇をどす暗く沈ませた。酷薄な声の調子にも、冷気が滲み出ていた。皮膚の白さは凍った霜が降り積もっているようであった。彼はいつでも自分の低い体温を改めなかった。どんな夏の日にも彼自身を打ち解けさせることは無かった。
 外の暑さも寒さも海馬瀬人には然したる影響を与えなかった。どんな陽気も彼を温めるに至らず、どんな寒空も彼を冷えさせられなかった。彼より厳しく吹く風も彼より一心不乱に降る雪も無く、どれほど土砂降りの雨であろうと彼よりは情け深かった。いかなる自然の力も彼に比べれば穏やかで、或いは一瞬の内に過ぎ去るだけのものであった。
 彼は、強欲の成果か、若いなりに一企業の社長なぞをやっていたが、彼が自社の廊下を歩いても、彼を呼び留め嬉しそうに挨拶をするものはいなかった。取引先も、彼の顔色を窺うことはあれ甘い答を期待した問いを口に出すことはなかった。子供にはまだ慕われる性質だったが、それすら、年々、慕う子供の数は減っていた。
 だが、そのようなことの何を海馬瀬人が気に掛けようか。くだらない人の情など、彼は元より願い下げであった。人生を道に例えるなら、人ごみを押し分け人を薙ぎ倒しながらでも己の行き先を確保すること、それこそが彼のしたいことであった。
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 初めに言っておくと、エジプト王アテムという人間はもうこの現世にいない。これはまず間違いが無いことである。不思議な力によって一時の生を得ていた彼が、正しく冥界の門を潜ったのを、彼の依り代となっていた当時の少年も、親友たちも、冥界の扉番であった人たちも見送っている。海馬瀬人もそれを承知した。そして、海馬瀬人が承知したということは、いかなる場合にもそれが現実味を帯びて確かだと認められるものであった。彼の承知は、信頼がものをいう証券取引所の中でさえ、もっとも影響を及ぼすものの一つである。
 だから、エジプト王アテムは、墓地に置かれたカードのように死に切っていた。
 断っておくと、墓地に置かれたカードがどのくらい死に切っているかについては、正直疑うところも多いだろう。あれらは死者蘇生や速すぎた埋葬、或いは魔宝石の採掘などで簡単に場や手札に戻ってくるし、カードを引いて死に切っているとまで言うのなら、除外されたカードこそが何よりも相応しいのではないかと思う。だが、死と墓地を結び付けるのは先だってより当然とされることである。その当然をここで曲げてしまっては、比喩表現というものまでもが死に切ってしまう。故に、今ここに、エジプト王アテムは墓地に置かれたカードのように間違い無く死に切っていると、繰り返し書くことをお許し頂きたい。
 海馬瀬人は彼が現世にいないということを知っていたか。既に書いた通り、勿論知って承知していた。彼を直接に見送ったわけではなかったが、どうして知らないままでいることがあるだろう。海馬瀬人と彼とは、年数で数えることができるかできないか程度の短い時間ではあったが、好敵手というものであった。唯一依り代の少年と彼とを分断して考えたもので、唯一友人とは別の枠に分類されたもので、また唯一彼の本性を知るものであった。だが、海馬瀬人ばかりは、冥界の門が開かれたその時、それを悲しむでも喜ぶでもなく見終えたものでもあった。
 アテムが冥界の門を潜った時のことを書いたところで、本題に入るとしよう。アテムが冥界へ還ったことは砂漠の砂一粒ほどの小さな疑いも無い。このことは、必ず確かであると了解されていなければならない。でなければこのあと始まる話に説明が付かないのだ。例えば、ペガサスの恋人シンディアが死んだと言うことを理解していなければ、千年眼の持ち主となったペガサスにシンディアが姿を見せたことも、なんら変わった話とは思えないように。
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